第24話:魔女とおねだり

「さぁ、ヒナシア様! 何処で儲けましょうか!」


「えぇ? いや何処でも良いから早くやりたい……ってか、好い加減手を離してくれませんかね」


 ルーレットの殿堂――《ヘイラの間》をズイズイ歩いて行く従者(レンタル)のハニィ・フォーは、後ろ手にヒナシアの手をガッチリ掴み、目的も計画も無しに連れ回した。


は無いんですよ、離しなさいよ。貴女の手は妙に湿っていて嫌なんですよ!」


「でもでも、私は従者として何でもしますんで! 手を繋ぐぐらい我慢出来ます!」


 話が通じず、更に裏を返せば「お前と手を繋ぐのは仕方無くである」と言われたヒナシア。苛立ちを必死に抑え、アゼンカ達が握手会を終える前に手早く、確実に八〇〇〇〇ゼルを増やしておきたいところだ。


「何処で遊びましょうか、私としては一五番台が狙い目かと!」


 ビシッと遠くを指差すハニィ。首から提げたモンの収納箱が激しく揺れた。


「どれどれ…………何か活気も無さそうですよ? 隣の卓は楽しそうですし、そっちの方が――」


 分かっていませんねぇ――ハニィは「やれやれ、馬鹿な女だ」と言わんばかりに溜息を吐き、大袈裟に首を傾げた。一方のヒナシアは鉄拳が飛んで行きそうになるのを我慢した。


「何も私は休憩室でお茶を飲んでばかりじゃあないのです。暇さえあれば館内を歩き回って、……ほら、『記録』を付けて回っているんですよ?」


 さぁ読んでみろと、エプロンのポケットから取り出された手帳を開くヒナシア。


「…………目が沢山ある黒い竜に追われているにも関わらず、友人達が篝火を見付けて腰を下ろし、チーズを齧って『こればかりは辛いねぇ』と言っていて……」


「あぁっと、それは私の! 次のページを見て下さい!」


 読むだけで精神が削られていきそうな夢日記を飛ばしていくと、細かく数字が書き込まれたページに行き当たった。数字は赤と黒の二色で書き分けられ、何らかの規則を示すのか、時折弓なりの線でもされている。


「それは二時間前から一五番台で出た目の表です。さてヒナシア様、その記録がどんな意味をもたらすか……お分かりですか?」


 羅列された数字を上から下へ、何度か目を通すヒナシアは――「そういう事かぁ」と目を見開いた。


「横に引っ張られた線は、ですね。赤と黒は数字に割り当てられた色だし……なるほどぉ、奇数は固まる時がいつでも三回以下、比べて偶数は最高六回まで連続しています」


 そうなんですよぉ! ハニィは目を輝かせた。


「さっすがヒナシア様! バクティーヌのルーレットは奇数が黒、偶数が赤……賭ける場所に困ったらとりあえず偶数に賭ければ良いという訳なんです! 他の卓と比べて、何と分かりやすい数字の揺らぎ!」


「ほぉ……なかなかの情報ですね、ハニィさん。まぁ初心者という訳だし、今日は教えて貰った一五番台に行きましょうか…………ん?」


 目当ての一五番台へ向かおうとするヒナシアの裾を、しかしハニィは掴んだまま動かない。


「何です? 服が伸びますから止めろって感じです」


「一五番台、行くんですよね?」


 頷くヒナシア。ハニィは照れ臭そうに笑っていた。


「ンフフ……エヘヘヘ」


 ヒナシアは周囲を見渡すも、ハニィを笑わせるような面白いものは見付からない。気味が悪くなった。


「一五番台、?」


「はぁ? 貴女が


 再び歩き出そうとするヒナシア。だが褐色の足は動かない。否、ハニィの引っ張りによって動けなかった。


「こら。伸びるって。早く行かないと席が埋まるでしょって」


「そうですねぇ。埋まるかもしれません」


「ハッハッハ。埋まっちゃいますなぁ」


「ウフフ」


「歩けやオラァアアァアッ!」


 雑音で満ちた館内であっても、元魔女の賭博に込めた魂の叫びはキチンと響き渡った。一瞬利用客は二人の方を見やり、眉をひそめるか首を傾げるかした。


「どうされましたかお客様!」


 急いた様子で男性の係員が走って来る。俄にハニィは服の裾から手を離し、口笛を吹いて遠くを眺めていた。


「この従者、さっきから全然歩こうとしないんですよ!」


「そうでしたか……おい、何でお客様の手を煩わせるんだ」


 だって……ハニィの目が潤む、そのまま口を尖らせて身体を捩った。


「ヒナシア様は優雅で可憐で美人な方ですから、急いで卓に向かうのはお似合いにならないと思ったんです……ごめんなさい」


 果たして――優雅で可憐で美人なヒナシアは従者の至らなさを寛大にも赦し、ゆったりとした足取りで一五番台に向かって行った(ハニィは後ろから面倒そうに付いて来た)。


「見えて来ましたねぇ。お客さんは一、二、三……」


「…………チッ」


「今、舌打ちしました?」


 まさかぁ! ニコリと笑うハニィ。可愛らしく小首を傾げて「小鳥の真似です、チッチッチッ!」と舌を鳴らした。


「それよりヒナシア様! 喉が渇きませんか? 冷たい飲み物でも買って来ますよ! 熱い勝負を制するには、冷たい頭が必要です!」


「そうですね、じゃあ果実か何かの――」


「分かりました! 私にお任せ下さい!」


 走り出そうとしたハニィの手を掴み、「重たくありません?」と首から提げた収納箱をヒナシアは指差した。


「えっ? 全然全く一切重たくありませんよ!」


「良いです良いです、ずっと持っていて貰うのも悪いし。もう椅子に座るだけですから、ほら」


「あっ……」


 収納箱を手に取るヒナシア。パコンと箱を開けて、飲み物代を二人分渡した。


「はい、ハニィさんも何か買っていいですよ。私は卓に着いていますから」


「…………少なっ」


「何か言いましたか?」


 まっさかぁ! ブンブンとかぶりを振ったハニィは、「行って来まぁーす!」と売店の方へ走って行った。先程から聞こえる空耳に首を傾げながらも――。


 とうとう念願叶い、ヒナシアは《ルーレット》の卓へと到着した。流石に緊張する彼女を、しかし目付役はニコリと笑い掛けて「此方へどうぞ」と空いた席へ誘導した。


「い、今従者の人が飲み物持って来るんで、その、待機してます!」


 ぎこちない言葉にも目付役は噴き出したりせず、「畏まりました」と一礼した。


「始められる時はお申し付け下さい。ルーレット専用の硬貨とお取り替え致します。……それでは、参加されるお客様はどうぞお賭け下さいませ」


 目付役の低い声と同時に、ヒナシア以外の客が慣れた手付きで、手持ちの硬貨を素早く置いていった……。

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