001 嵐の日
その日は、朝から外が騒がしかった。
時期も丁度夏ということもあり、台風がひっきりなしにこの周辺を襲っている。故に、暫くは外に出ることも叶わなかった。
だからだろう、このような結果になったのは。
「……これだけ?」
「これだけ。探してみたけど、カップ麺すらない」
そう言ってクロは、手に持っていたものを座卓の上に置いた。
リナ達の目の前に置かれたのは、一つの缶詰だけだった。つまり、嵐の中、外に出ることも叶わず、残された食料はその缶詰、クロの好物の鯖缶一つだけだということだ。
「最近嵐が酷かったからなぁ~……他には本当に水道水だけ?」
「だけ。冷蔵庫も本当に空。……一応練り山葵はあるけど、食べる?」
「絶対に嫌」
それもう調味料じゃん、というツッコミすらない。
この話は端的に言えば、少しの説明で事足りる。要するに、台風で出かけられないから買い出しもできないまま、食料が尽きたのだ。
「でも、コーラ缶は一つあったよ。……飲む?」
「飲む。取り敢えず、コップで分けよっか」
一先ず、冷静を保つためにコップで分けたコーラを互いに飲む二人。
そもそも、シーズン初の台風が来た時点で楽観視したのが拙かった。どうせすぐに買い出しに行けるだろうと高を括って家に引きこもっていたために、元々少なかった買い置きがすぐに底をつき、現在食糧難という現代日本ではありえない状況に陥る羽目になってしまったのだ。
おまけに現在は昼。昼夜逆転生活を送っていたのを、クロの就職を機に元に戻したとはいえ、流石に朝食抜きでは腹が持たないため、総出で部屋をひっくり返して、食料を探す羽目になったのだ。せめて外出できればとも思ったが、辛うじて繋がるアップルフォンの通信を頼りに検索してみれば、台風が去るのは今晩という始末。
つまり、最悪でも明日の朝まで外出は不可能ということだ。
「さて……どうしようか?」
「どうしようか……?」
コーラを飲みほし、コップを座卓に戻してから、二人は再び鯖缶に視線を落とした。
期限の近い物から処分していたので腐ってはいないが、逆に言えば、長持ちする缶詰しか残っていない状況だと簡素に示されていた。
幾らなんでも、二人で缶詰を分けても焼け石に水、辛うじてどちらかが独占すれば、一人だけまだましという状況にはなる。
さてどうしたものかと、リナが小型の自動拳銃をさりげなく構えた途端に、クロがその銃身を力任せに掴んだ。
「
「……今初めて知ったんだけど」
拳銃を握られたまま、リナはクロに押し倒された。その際座卓を倒してしまったが、コップはプラ製、食料は缶詰だけなのが幸いしたのか、大して散らからなかった。
まあ、約二名が絶賛埃を巻き上げている最中なのだが。
「流石に銃はやめようよ。平和的に解決しない?」
「しないっ! 正直セックス以外で勝てる物がない上にクロ勃たないじゃん!!」
「……よく言うよ。そっちだって、勉強しないだけで本当は頭いい癖に」
狂っていたとはいえ、曲がりなりにも科学者の娘なのだ。地力はそれこそクロの比ではない。というか、クロが必死になって覚えた知識も、床に押さえつけられている元援交少女は一度説明を受けただけで理解してのけたことがあるのだ。
具体的には、以前暇潰しにトランプでイカサマ賭博(何故か負けたら脱ぐ野球拳方式で)をした際、一度説明しただけで、あっさり青年のイカサマ技術を吸収し、それ以上の応用でその後リナが完封したのだ。あれにはクロも舌を巻いたが、状況が状況なので溜息しか出なかったとか。
「ほらクロ~、ワタシ犯していいから鯖缶ちょうだ~いおねがい」
「……もう少し年取ってから言って欲しかった」
「というか、クロが一番勿体無いことをやっている気がする。普通いないよ~、妹でもない未成年と同居なんて」
いや、もう19だろ。
とクロは内心ツッコミを入れた。
「飼い主がペット無視してご飯食べるなんてないよね?」
「それを言ったらクロこそ、ご主人様にけんじょ~してもいいんじゃないの?」
「慣れない敬語は使わない方がいいよバカに見えるから」
外に出ることもままならないためか、無駄に暴れる二人。
あまりに白熱しすぎてリナが蹴り、クロが頭突きを咬まそうと互いに身構えた瞬間、突如アップルフォンが鳴り出した。
『……ん?』
一時休戦とクロが未だに掴んでいた小型の自動拳銃を脇に投げ、リナが寝転がってアップルフォンを掴み、通話ボタンを押す。
「はいもしも」
『やかましいっ!!』
それだけ言われて、いや怒鳴られてから通話が切られた。
「やっば~……クロ、もう喧嘩は終わり。一階に居る兄ちゃんブチ切れてる」
「まあ、流石に近所迷惑だよね……」
勢いも冷め、二人は上半身を起き上がらせて、腰を落としたまま向き合った。
「しょうがない。健康第一だけど食べ物がない以上、背に腹は代えられないか」
「今更健康くらいでどうこうなるとも思えないけどね……」
クロの言葉を流し、リナは近くに落ちていたチラシを広げた。
「ピザ取ろっか。ワタシミートね」
「俺、今日シーフードな気分」
「だったらハーフ&ハーフよりも、Mサイズ二枚の方がいいかな……」
他にもサイドメニューを適当に選び、未だにアップルフォンを手に持っていたリナが配達を注文して、今日の食糧事情はどうにか解決したのであった。
余談ですが、ピザ屋のバイトをしている青年は今日、嵐という地獄の中を突き進んだことで、19歳の少女の下着姿を拝むことができたとか。
……幾ら洗濯物が乾かないとはいえ、二人共少しは羞恥心を持ちましょう。今更ですけどね。
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