012 決着

「ふぃ~あ~疲れた。きゅうけ~い」

「うん、っとと……」

 施設を出た後、二人は少し離れた駐車場に来ていた。車は何台か止まってはいるが、深夜帯であることと、この辺りの人気のなさから、今持ち主がやってくる、ということはないだろう。

「無事……?」

「どうにかね。まさか睾丸とは思わなかったけど……」

「って何が?」

「マイクロフィルムのある場所が」

 けれども、逆にリナは納得していた。

 睾丸に埋め込まれていたから、性欲にも影響していたのだろうと、今更ながら考えてしまったのだから。

「あ、そういえば……」

「どうかした、クロ?」

 コンクリートの上に腰掛けている二人は、車を背にして向かい合った。

「襲撃される前に、電話が鳴ったでしょ。その時に何か、聞こうとしなかった?」

「……ああ、あれか」

 ポン、と手を打つリナは、立ち上がってスカートを払い……小型の自動拳銃を抜いてクロに向けた。

「……どういうつもり?」

「どうもこうも……早く取ってよ」

 銃床を向けられていたクロは、仕方なく銃を受け取った。そのままリナは数歩歩き、青年から少し距離を取った。

「簡単な話。クロはワタシのこと……」




 ……殺したくないの?




 クロは立ち上がらなかった。いや、単純にもう、立ち上がれないのかもしれない。でなければ、思わず立ち上がってしまうような一言を、リナは放ったのだから。

「ワタシはクロの飼い主である前に、クロを痛めつけた女の娘だよ。今迄は記憶がなかったから、殺そうとしなかっただけじゃないのか、って思えちゃってね」

「なるほど……記憶のないうちは殺さない、って根拠は?」

「ワタシが一回、毒を持って帰ったことがあったじゃない。それが根拠。……殺すつもりなら、適当に栄養剤とでもいえば勝手に飲んで殺せたかもしれないじゃない」

「いや、それどっちにしたって……嘘だってばれるじゃん」

「…………あ」

 ちょいちょい矛盾してるな、と思いつつも、クロは弾倉を抜いて、残弾を確認した。

「正直な話、記憶があってもなくても、迷ってることに変わりはないんだよね。……本人じゃないからさ」

「ふ~ん……」

 後ろで手を組み、クロが弾倉を戻すのを確認してから、リナは言う。

「別に殺したいならいいよ。流石に今すぐ母親連れてこいとかは無理だけど……」

「…………随分自分の命を軽く見るね。俺を助け出したことといい、仇討ちとはいえ通り魔相手に喧嘩売ったことといい」

「自分に正直に生きてるだけだってば~まあアカネの件は拳銃あるし、ミサもいるから平気かな~、とは軽く見てたけど」

「……ならなんで、俺に命を預けるの?」

 それだけは答えろ、と言わんばかりに、クロはリナを睨みつけた。思えば、クロがリナに敵意を向けるのはこれが初めてかもしれない。

「別に預けたつもりはないよ。軽く見てるつもりもない。ただ……」

 そういえば、クロには言ってなかったっけ、と今更ながら苦笑してしまう。

 その顔のまま、リナは言った。




「……家族ペットが牙剥いたって、飼い主はいちいち取り合わないでしょ?」




 たった一言の、少女のその言葉が、青年の決断を促した。

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