013 二年後

「お先に失礼します……」

 長いようで短かった共同生活から約二年、リナが記憶を取り戻してから激変した。

 特に大きいのがクロ、本名、白藤仁人しらふじきみとの生活だった。今迄逃げ回っていたために働けなかったが、その理由がなくなってからはSIer関連の企業に契約社員として入社、その後フリーランスとして人件費を丸々収入に変えて生活していた。もう少し名前と腕が上がれば、会社を起こそうとも計画している。

 普段新聞を読んでいるだけだったが、必死になって身に着けた知識が意外と役立ち、こうして社会人として生活できるようになっている。リナの母親は最悪だったが、父親に関して言えば、恩に思えなくもない。

 寄り道をすることなく、クロは真っ直ぐに家へと帰っていった。安アパートの2階端の部屋、リナという少女と暮らしていた頃から、住処は変わらなかった。

「ただい……あ」

 無論、同居人であるリナも。現在は床に臥せっているが。




 ガラララ……!

『……いいの?』

『いいよ、というか……ほっといても長生きできないでしょ?』

『あ~やっぱりか……』

 リナのことを知る全員が理解していた。……彼女の寿命が短いことに。

 当然ではある。人間は脳によって本来の数割しか全力を出せない。下手に出してしまうと、それこそ寿命に影響してしまう。ましてや、リナに施された異常聴覚は、人体の限界すら超える代物だ。そんなものを振り回せば、いずれ限界が来るのは自明の理だ。

『一応、拾われた恩もあるからね。直接牙を突き立てるような真似はしないよ』

『……間接的にはあると?』

『気が向いたら、あるかもね』

 リナは肩を竦めて、銃を拾い上げた。そのまま仕舞い、クロの方まで歩み寄る。

『というか、死ぬから関係ないとばかりに、飲酒喫煙してたんじゃないの?』

『まあそんなとこだけど、煙草はやめるわ。……多分、父ちゃんと銘柄被ってる』

『そんな思春期の娘みたいな嫌がり方……』

『思春期の娘だワタシはっ!!』

 そうリナがクロにツッコむと、丁度車が近づいてきていた。移動しようとも思ったが、ゴロウの車だったので、そのまま待つことにした。

『ついでに少し休んだら? もう逃げ隠れする理由もないから、俺も働くし。……まあ、追い出したいなら別だけど』

『それはない。……じゃ、帰ろっか。あの安アパートに』

 そして帰ってから二年、あの日以来、リナが身体を売ることはなくなった。




 一度クロと一緒に医者をやっているカオルの下で診察を受けたリナだが、治療法がないという結果しか出なかった。いや、『元々そういう身体』だからこそ、体質を変えることができずに、ただ寿命が尽きるのを待つしかなかったのだ。

 おまけに、一度限界まで聴覚を引き上げてしまったので、ただでさえもたない身体が悲鳴を上げているのだ。そのため、稀にではあるが倒れることもあった。

 まあ、数分もあればけろりと治るのだが、それでも、生きていく上で影響が出てきているのは事実だ。それだけなのかそれ以外の理由があるのかは不明だが、リナが援助交際をやめた事実に変わりはない。

 慣れた手つきで布団を敷いてから、クロはリナを抱えて寝かせ、額の上にタオルを乗せた。

「……熱はないよ、クロ」

「いや、なんとなく」

 丁度目を覚ましたリナは、額に乗ったタオルを投げ捨ててから上半身を起こした。突然倒れる以外は健康体である以上、あまり寝る意味はないからだ。

「にしてもさ……いつも思うけど、なんでクロはここから出ていかないの?」

「出る理由がないからだけど?」

「あ~つまり女ができたら出ていくのか……」

 分かっていたこととはいえ、リナは頭を掻いた。そりゃあ同じ女なら、援助交際も短命属性もなく、自分好みの女を選ぶのは当然だ。まあ、それまでは甘えようかと思っていたが、目の前に差し出されたものに目を奪われた。

「……というわけで常坂璃奈ときさかりなさん」

「え、えっこれって……!?」

 差し出された指輪を見て、リナはうろたえた。

 まさか、幸せになれるのか??

 こんな薄汚れた上に恨みつらみある女の娘だ。おまけに今のクロは高収入で家事万能の社会人。たしかに恋愛感情がないといえば嘘にはなるがそれでも……!!

 リナはクロの言葉に即答した。




「あなたが二十五歳になったら結婚してください」

「よろこんでっ!! ……え?」




 リナの中で、何かがはじけた。それは混乱した内心であったり、つい先程のクロのプロポーズだったり、まあ何かがはじけたのだ。

「え、クロ、二十五歳って……今ワタシ十九歳なんだけど?」

「うん、あの女への復讐もしとこうかと思って。ついでに」

「プロポーズのついでに復讐されたっ!?」

 驚くリナだが、クロは淡々と述べた。

「いやだって、あの女どうせコンクリ抱いて海に沈められてるだろうから復讐できないし、間接的ならするかもって、前にも言ったじゃん」

「た、確かに言ってたけど……でも…………」

 リナの目に映っていた指輪はもう輝いて見えず、逆におもりのように思えてしまった。六年と書かれた特大の。

「まあ、早ければ二十歳前半で死ぬとも言ってたしね。いらないなら別に……」




 パシン!!




 リナはクロの手を叩いた。

「これはワタシのっ!!」

「……いや、寿命考えてみてよ」

 クロから奪い取った指輪を抱えるように隠し、クロから距離を取った。

「考えた。そして結論」

 思い切り息を吸い込むリナ。そして結論を、声高に叫んだ。




「絶対クロより後に死んでやるっ!! 女の執念舐めんなっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る