005 異母兄

「言っておくが、吐きたいのはこっちだよ。俺一応大家と付き合ってるんだぞ。それなのに腹違いとは言え、妹のお前に舐めさせてたのかと思うと……」

「こっちの方がショックだっての!! というか大家って、あれニューハーフじゃんっ!! いきなり出てきた腹違いの兄ちゃんがホモの時点でもう最悪……」

「いや、流石に男々しいのは好きじゃないんだが、どちらかというと男の娘というか、可愛い女の子やきれいな姉ちゃんのあそこに竿がついているのが好きであって……」

「どっちも一緒だってのこの変態っ!!」

 互いに罵り合うも、このままでは平行線だと仕方なくリナの方から歩み寄った。とは言っても、流石にもうドアにもたれたりはしなかったが。

「というか、よく信じられるな。今の話」

「嘘ついてるかどうかくらい分かるっての。……じゃないととっくに死んでるってば」

「嘘が分かる、ね……」

 ハンドルにもたれて考え込むゴロウを、リナは不思議そうに眺めた。

 リナの話の真偽をはかるというよりも、別の心当たりから信じるべきでないかと考えているような顔に、ただ首を傾げる。

「まあいい、話を戻すぞ。……単純に言えば、俺達のオヤジがお前のお袋と仲違いしたんだ。そして白藤の脱走の後、オヤジは記憶喪失のお前を引き取り、知り合いの娼婦に預けていたんだ。独り立ちするまでな」

「独り立ちって……ああ、だから援交し始めた途端に出てったのか」

 ポン、と手を打つリナを見て、ゴロウは頭を抱えたくなってきた。

「母娘揃って身体売るとは思わなかったけどな。まあ、育った環境が環境だから、仕方ないんだろうけど……」

「まあまあ、それよりも……」

 そう言いつつ、リナは車を回りこんで助手席側に立ち、座席の上に置いてある軽機関銃サブマシンガンを指差した。

「兄ちゃん、これ頂戴」

「…………いやいやいやいやお前こら愚妹ちょっと待て」

 慌てて手を伸ばすが、リナの方が早く、弾倉を抜いて残弾を確認し始めていた。

「お前、自分の正体とか虐待された環境とか知りたくないのかよ。何故真っ先に戦闘準備?」

「いや、だって……」

 弾倉を戻し、軽機関銃サブマシンガンを肩に乗せてからリナは答えた。

「正直楽しければ過去は振り返らない主義だからさぁ、どうでもいいんだよねぇ~」

 顔は笑っていた。けれどもその目は違い、何の感情も抱いていない空虚なものだった。

「だからさ……大事なペットを取り返さないと、ワタシの気が済まないんだよねぇ」

「お前、まさか…………いや、まあいいか」

 ゴロウは車から降り、トランクからあるものを取り出した。リナも見覚えのある、彼がいつも商品を仕舞っている鞄だった。

「先に聞いておくぞ。……遠巻きにしか守ろうとしない父親と、娘のことを何とも思っていない母親、お前はどっちにつくんだ?」

「そんなの決まってるじゃん」

 リナは当たり前のように宣言した。




「……ワタシがやりたいようにやって、立っている側につく。それだけだってば」

「そうか……」




 ゴロウは鞄を開け、中にある軽機関銃サブマシンガン用の弾倉と予備の弾丸、そして彼女が持っていた小型の自動拳銃と同型の銃を取り出し、腹違いの妹に差し出した。

「忠告だが、オヤジはお前のお袋を殺そうとしている。その理由はお前にも関係はあるが……過去を知っても知らなくても、関わらない方がいい。いいな、白藤だけ連れてさっさと帰れ。アパートでも、他の場所でもいいから」

「うん、了解。……ま、その時になってから考えるからさ」

 いつもの私服化した制服のポケットに弾倉を詰め込み、自動拳銃をスカートのベルト部分に差す。最後に軽機関銃サブマシンガンを剥き出しに構えて、準備は整った。

「スクバがあれば良かったんだけどね~……あ、そうだ。ミサなんだけど」

「お前の友達か? それなら知り合いの殺し屋を送っておいた。腕は確かだから、逃げきれれば助かるだろう」

「サンキュ、兄ちゃん」

 ゴロウに背を向け、リナは歩き出した。

 向かう場所は見当がついている。クロも利用したGPSを使えば、今どこにいるかは大体分かる。

「いいか、絶対にオヤジ側に攻撃するなよ。無駄に敵を増やすからな!」

 背中に受けた腹違いの兄の忠告に、リナは手を振って応えた。




「はあ……これで良かったのかね」

 リナが視界から消え、運転席に戻ったゴロウは、またハンドルにもたれながら、妹のことを考えた。

「…………何で気づかなかったんだよ、俺」

 気づく材料はあった。リナの部屋から出るゴミを見れば、気づいてもよかったはずなのに。クロが来るまで、分別のために、別途確認していたのにも関わらずに、だ。

 自分の意思で生きていくならば無暗に干渉しないという、父親の考えに賛同したためのこの体たらく。兄貴として、ゴロウは内心情けなくて自嘲気味になっていた。




「あのことに……リナが内心気づいていたなんてな…………」




 彼の言葉は誰にも聞かれず、ただ夜風にかき消されていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る