006 手術

「エビでタイが釣れる……ってこのことかしらね?」

「さて……ただ、欲しいものが手に入るのは良いことだと思いますがね」

 局所麻酔で朦朧とする中、クロの耳に聞こえてきたのは医者と女の話し声だった。

 医者の方は分からないが、女の声はよく知っていた。逃げた後もよく夢に見ていた。流石にリナには悟らせなかったが、こっそり起きて寝汗を拭くことも珍しくはなかった。

 もっとも、リナには気づかれて見逃された可能性が高いが。

「それにしても、道理で見つからないはずだわ。まさか一人暮らしの女の子の家に隠れていたなんて」

「流石に人伝だと限界がありましたな。なんせあそこは連中のシマ、動けばすぐにバレてしまいますからな」

「ホント、男一人ならすぐに見つけられたってのにね」

 クロを見下ろす女性。老けてはいるが、どことなく彼女と顔立ちが似ている。

 常坂晴美。リナの母親と思われる人物。そして、クロを虐待した張本人。

「しっかし、昔気質ってホント嫌になるわね。自分達だって鉄砲玉に使うしかないとか言ってたくせに、いざ虐めてたと分かると掌を返すなんて」

「よくある話でしょう。『死にたくなければ力をつけろ』なんて。裏の世界じゃ、愛情の有る無し問わずに育てるてっとり早いやり方ですって。自分の力で育てられると考えない人間がよくやるやり方ですな」

「なるほどね。……ま、さっさとフィルムを取り出してから高飛びしましょう。これだけでまた、研究資金の足しになるんだから」

 外道、と言うかもしれない。あの人達ならば。

 クロも別に、この世の全てを恨んでいるわけではない。物心ついた時こそ恨みはしたが、知識を身につけ、視野が広がるにつれて恨みは薄れた。いや、たった三人に集約したのかもしれない。




 母親を犯した強姦魔。

 暴力団に捨てた母親。

 そして、人を何とも思わないこの女に。




 確かに厳しかったが、それでも鉄砲玉以上の価値があると見ればできる仕事を頼み、その報酬代わりもきちんと用意してくれた。……まあ、色事関連だった時はあほかとも思えたが。

 いつも『鉄砲玉にする』と脅しながらも、それでも育ててくれた人達がいたから、広がった視野と相まって生きようと思えていた。

 それなのに、この女が出てきたせいで人体実験の片棒を担ぐ羽目になったのだ。最初は逃げ出した後、組に戻ろうかとも考えたが、この女と結託していると考えた途端、足が遠ざかった。それでも生きようとして、ホームレスになり……。




「そういえば、聞きましたかな?」

「なにがよ?」

 カラン、という音が手術室に響いた。どうやらマイクロフィルムが取り出されたらしい。

「こいつを養っていた少女、あなたに似ていたとか」

「似てたって、他人のそら似なんていくらでも…………ちょっと待って、まさか」

 女は握っていた拳銃を降ろし、顔をクロに近づけた。

「ねえ、その娘って何者?」

「…………」

 よく聞き取れないので、さらに耳を近づける。

 麻酔で身体が思うように動かないが、それでもクロは口を動かし、もう一度同じ言葉を放った。




「……俺の飼い主だが、それがどうした?」




 女は再び拳銃を構え、用済みと化した青年に銃口を向けた。




 銃声は二ヶ所、近い距離で鳴り響いた。

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