014 暴走

「ああ、やっぱりか……めんどくせ~」

 絶命しても馬乗りになってナイフを突き立てていくリナを眺めつつ、脳震盪からようやく回復したミサは、身体の調子を確かめるように、ゆっくりと立ち上がった。

「ほんと、記憶なくしてる間何やってたのよ、あいつ」




 出会った時から、リナという少女は時折暴走することがあった。

 乱交等セックスしている時はまだいい。暴走しても精々相手を搾り取るだけだから(相手からしたら迷惑な話だが)。

 しかし、犯罪でもある以上、暴力沙汰なんて良くある話だ。だからリナもミサも自己防衛の手段を必ず用意していた。けれども、その暴力沙汰でリナが暴走した時がまずかった。

 ……ただ相手を殺すのだ。性交ではなく、暴力というスイッチが入るのだ。

 意識が飛んだまま相手の喉に食らいつく程度ならまだいい。直情的な獣が冷徹な人間に適うわけがない。けれども、その獣の方が冷徹なのだ。

 まるでどこかで徹底的に訓練されたかのような戦い方。相手を確実に殺すナイフ捌き。うまくはない、だが明らかにプロから学んだかのような戦術を、暴走したリナは振り回した。

 今でこそ、相手を異形の通り魔に見定めてはいるが、次は確実にミサだろう。

「っとに出会った時から迷惑かけやがって……はいはい、こっちこっち」

 ゴンゴン、と拾った棍棒で壁を叩きながら、通り魔を滅多刺しにしていたリナの注意を引く。手を止め、冷徹な獣のような目を向けてくる援交仲間に、ミサは首を鳴らしつつ身構える。

 本来ならば不意打ちでもかませばいいのだろうが、ミサはあえてそうしなかった。そうする必要がないからだ。

「ほら行くよ~」

 気の抜けた声と共に、ミサはリナへと近づいて行った。

 慣れた調子で近づいてくる人間に、獣は通り魔から飛びのき、右足を大きく持ち上げ……

「いつも思うけど……それ何の癖?」




 ドガゴン!!




 リナが強く踏み込むと同時に、ミサは左手で隠し持っていた瓦礫をその額に投げつけた。後ろにたたらを踏む彼女に対して、飛び込みざまに腹をタックルして地面に叩きつける。

「ああ終わった終わった……ほらリナ起きろ~」

 仰向けに倒れたリナの横に転がり、ミサは頬を叩きつつ声を掛けた。

 少ししてようやく意識が戻ったのか、軽く呻いてからリナは目を覚ました。

「っ~……何、またやっちゃったの?」

「やったやった。何度もやってると簡単に対処できるわ」

 リナが暴走することは本人も良く理解していた。そしてミサがいる時は、大抵彼女が止めてくれることも知っている。

「にしても何なの、あんた。最初に必ず右足を踏み込むような戦い方、聞いたことがないんだけど?」

「う~ん……震脚、とか?」

「最初に必ずやる理由が分からん」

 一通り回復し、二人は立ち上がって通り魔の死体を見つめた。

「……帰ろっか」

「さんせ~い。……でもさ~毎度毎度額に物ぶつけるのやめてくれない。傷残ったらどうするの~」

「それくらいなら手当すりゃ大丈夫だっての。わたしなんて昔、額に鉄アレイぶつけられそうになったことがあって……」

「それ結局あたってないじゃ~ん……ああ、目がまだちかちかする~」

 二人の少女は姦しく、死体と化した通り魔に背を向けた。

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