010 囮

「おっ兄さぁん~待った~?」

「別に、いいから行こうぜ」

 黒髪を揺らした、ショートパンツにパーカーを羽織った少女が、少し上くらいのニット帽を被った少年の腕に抱きついた。ビジュアル系な服装だが、向かっているのはクラブやライブハウス等ではなく、人気のない路地裏だった。

「え~もうホテルに行くの~」

「嫌か?」

「もうエッチ~」

 少年の方は無愛想なままだが、少女の方はきゃはきゃはと楽しげだ。

「まあエッチでもいいけど~ちゃんとお小遣い弾んでね~」

「安心しろ。今日は懐が暖かいんでね」

 日も暮れ、周囲は夜に包まれていた。おまけに路地から離れたので、もう蛍光灯の明かりすら届かない。

「いっそ外でやるか。……我慢できない」

「きゃっ!? もう仕方ないな~」

 頭の悪い会話が路地裏に満たされる中、二人に近づく気配があった。例の通り魔である。それは身体中につけられたナイフを鳴らさないように最低限の動きで近づき、少女を抱えて壁に押さえつけた少年の背中を見つめる。

「ちゃんとエロい下着履いてきたんだろうな?」

「当たり前~んちゅ」

 少女は少年にキスし、股間に手を伸ばした。同時に少年は少女の胸を服越しに掴んでいるのが通り魔の目に映る。

「…………」

 通り魔は近づき、ナイフの一本を片手に構えて膝を曲げる。

 少年を蹴り飛ばして、少女を殺す。

 その一点で身構え、音を立てないように駆けだした。いつも通りの通り魔の犯行だった。




 ただし相手が行っていたのは、ただの『援助交際』じゃなかった。




 パンパンパン!

「あ、外した」

「下手くそっ!!」

 少年は振り返り、腰のベルトから抜いた短い鉄の棍棒を強く握り、とっさにとびのいて体勢を崩した通り魔に殴りかかった。

 通り魔はナイフを盾にするが、しょせんは刃物だ。頑強な棍棒になすすべなく、叩き折られてしまう。しかし相手も手慣れているのか、素早く別のナイフを抜き、横凪ぎに振る。

 それをかわすために少年が下がり、通り魔はそのまま逃げようとするが、

 パンパンパン!

 再び響く銃声。通り魔は凶弾を避けようと再びとびのくが、その横を潜って少年ーー男装していたミサが逃げ道を塞ぎ、被っていたニット帽を脱ぎ捨てた。

「ったく、さんざっぱらわたし等みたいなの襲っといて、自分だけ逃げるなんざ許されると思ってんのかね」

「いやいや逃げるのは当たり前だって~で、も、ね」

 空になった弾倉を拳銃から抜き、代わりにロングマガジンを銃床に叩き込んだ少女ーーリナは同じく黒髪のカツラを地面に投げ捨てた。




「今日の鬼ごっこはワタシ達の勝ち~」

「罰ゲームは、リンチってか……笑える」




 兎は自らの肉体を餌に、狐を炙り出した。しかしその兎はただの肉片に非ず。

 本来襲われるだけの兎達が、鋭い牙を剥いて狐に襲いかかる……!!

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