005 VS通り魔

「リナ、次どっち!?」

「そのまま真っ直ぐ、路地裏入って!!」

 車幅がぎりぎりとれるかどうかという狭さなのにも構わず、後ろにリナを乗せたミサは、バイクを巧みに操って路地裏に潜り込んだ。

「GPSだとこっちに……いた、目の前!!」

「あのヤロ……リナ、捕まって!!」

 さらにエンジンを加速させ、障害物を駆使して飛び上がったバイクの前輪は、そのまま黒い布で覆われた男に直撃した。

「ぎゃっ!?」

「……間違ってアカネ踏んだ?」

「いや、違うみたい」

 リナが指差した先をミサは見た。

 どうやら気絶していた大学生の男の手を、勢い余って轢いてしまったらしい。

「……今はアカネが最優先!!」

「それでいこう。アカネ大丈夫!?」

 哀れ大学生。

 勢いで強引に誤魔化し、バイクから飛び降りたリナ達はアカネに駆け寄った。本人は虫の息だがまだ生きていた。しかし、複数のナイフが身体に刺さったままになっており、そこからの出血がひどかった。

「やっば……こりゃ完全に病院だわ」

「そんじゃさっさと……野郎を追っ払うか」

 アカネを庇うようにして、リナとミサは立ち上がった。

 目の前には通り魔と思しき男、しかし黒い布と大量のナイフが彼を一般人の枠からはみ出させていた。

「……気付いてる、ミサ」

「分かってる。あれ……血でしょ?」

 元々黒い布だったのだろうが、その色はどこか黒ずんでいると表現できた。そして所々赤ずんでもいる。血糊がべったりとこびりついたような、不快な色合いだった。

「こりゃ手強いかもね~どうする?」

「どうする、って決まってるでしょ」

 ミサは建材の余りなのか、路地裏に転がっていた錆びた鉄パイプを拾い、槍を持つように構える。同時にリナも小型の自動拳銃を抜き、入っていたスクバを横に投げ捨てた。

「あいつ追っ払ってアカネを病院に連れていく」

「……賛成」

 方針は決まった。後は実行に移すだけ。

 二人の行動に男はナイフを構えるが、突然身体を反転させて逃げ出した。

「ちょっ、なん……」

「後ろ、多分警察と救急車」

 近づいてくるサイレンの音に気付いたリナは、突然逃げ出した男に放心しているミサの身体を後ろへと向ける。

「ワタシ追いかけるから、ミサはこっちで……」

「駄目」

「ぎゃっ!?」

 一先ず追いかけようとするリナを、ミサは止めた。足払いで。

「何すんの!?」

「今回はこっちの負け。アカネを助けてから体勢を立て直した方がいい」

「でも今逃がしたら、っ!?」

 起き上がり、詰め寄ってくるリナを、ミサは胸倉をつかんで引き寄せた。

「少しは落ち着けよバカ女……ブチ切れてんのはこっちも一緒なんだよ」

 ミサ自身も語ったことだが、リナも内心は理解していた。

 少なくとも覚えている限り、修羅場をくぐった経験はミサの方が上だということを。

「今は引く。警察にはわたしが見つけたことにするから、あんたはさっさと帰れ」

「……ミサは?」

「警察に知り合いがいる。そいつに頼んで大事にしてもらわないようにするから……だから拳銃やばいもの持ってるあんたが邪魔なの」

 ……リナは黙って、スクバを拾って拳銃を突っ込む。そのまま背負い、男が通ったのとは別の路地を見つけて振り返る。

「終わったらちゃんと教えてよ。アカネのこと」

「……りょ~かい」

 言葉はそっけないが、緊張が解けたような口調に、リナも肩の力を抜いた。

 そして二人は別れ、リナは家路に、ミサは警察に、アカネは病院に運び込まれた。




 ……少女達と通り魔の最初の戦いは、彼女達の負けだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る