004 遭遇
「こちら、ですか?」
「そうそう、そこのホテルが結構いい設備しててね……」
明るいながらもけばけばしい女達が立ち並ぶ通りを歩く二人。性風俗の店舗の間を抜けて、薄暗い裏路地を歩いていた。その奥にもホテルがあるのか、男の方がアカネを案内している。
「ところでお願いしたことなんですけれど……」
「夕方までに帰りたいんでしょう。大丈夫大丈夫」
男は軽く手を振って応えた。
「俺も流石に通り魔に遭うなんて御免だからね。まだ陽の沈みも遅いし、一、二時間で帰ろっか?」
「はい、お願いしますね」
ニコリと笑うアカネ。
大学生の男は、実は一人暮らしで今月の仕送りを援交代にあてようと考えていた。しかし単価が高く、アカネの都合で少し安くしてもらえたが、それでも仕送りの半分が飛んでしまう計算になる。
(後悔しない。明日から大学サボってバイトだ!!)
そんな考えがよぎったためだろう。
周囲に気を配ることがなくなり、建物同士が並んでできた狭間に意識が向かなかったため、
…………反応が遅れた。
ドカッ!!
「ぎゃふっ!?」
男は突然の衝撃に踏みとどまることもできず、そのまま壁にぶつかり、頭を打って気絶した。アカネは突然のことに思考が追い付かず、悲鳴を上げることもなく、暗がりから出てきた存在に目を向けた。
おそらくは、人間の男性なのだろう。
異様な風体だった。
身体に黒い布地のようなものをミイラみたいに巻き付け、その上から複数のベルトで固定している。しかもそのベルトには鞘に納められた大小様々なナイフが取り付けられていた。顔も黒い布で覆っているので、相手の顔色は分からない。
けれどもアカネは、その顔を見て逆に恐怖した。
瞳を布で覆われた顔が、アカネの方をゆっくりと、しかし迷いなく向いたからだ。
だからアカネは逃げ出そうとした。
元々持っていたが援助交際をする上で有利になると意識して強調していた清楚さも、本来の性格である大人しさもかなぐり捨てて、恐怖から身体を反転させ、駆け出そうとした。
しかし、謎の男性から投げつけられたナイフが左足に刺さり、アカネは俯せに倒れ込んだ。
「きゃっ!?」
そのまま口を閉じて、足の痛みをこらえようとする。しかし、黒い布で覆われた男がアカネの傍まで近寄り、更に刃を突き立ててきた。
「イタッ!! いやっ!? いやぁ!!」
異常な光景だった。
痛みに泣きじゃくる少女に、あえて急所を避けながらナイフを突き立てていく男。しかし刃物で刺される以上に、執拗に攻撃する光景が更に恐怖を増長させている。
「夢だ。アカネちゃんが、ゆめだ……」
目を覚ました大学生の男の方は、朦朧とした意識と異常な光景に、夢だと思い込んでまた気を失ってしまった。
「ひっ、ひっ……」
……血を流しすぎた。
身体中に刺さるナイフの痛みに、アカネは苦痛だった初体験を思い出しながら、目を閉じた。
これ以上は死ぬだけだろう、そう判断した男は、手持ちの中で一番大振りなナイフを鞘から抜き、両手で握ると、上段で振りかぶった。刃物は勢いよく、アカネの頭目掛けて振り下ろされ…………
ガリガリガリガリ……
男は顔をあげた。そこには女子高生らしき少女が二人、一台のバイクに乗ってこちらにつっこんできていた。
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