003 通り魔

「……で、ミサ、いったい何なの~」

「煙吸ってでもさっさと頭を覚ませ」

 手早く布団を退け、座卓を置いてから、リナとミサは向かい合って腰掛けた。その間、クロはコーヒーを人数分淹れている。

 煙草を口に咥えて火を点け、煙を肺に吸い込んでどうにか脳を活性させようとする。しかし、覚醒したのはクロに差し出されたマグカップのコーヒーを口に流し込んでからだった。

「眼え覚めた?」

「どうにか~むぁ」

 欠伸を噛み殺し、どうにか頭が働き出したのを見て、ミサは漸く口を開いた。

「今朝電話があったんだけど、その娘の知り合いが殺されちゃったんだって」

「それがどうしたの~知り合いの知り合いなんて他人じゃん。ワタシにとっちゃ知り合いの知り合いの知り合いだから完全に赤の他人だしさ~」

「……その殺した奴が問題なのよ」

 同じくクロから受け取ったマグカップのコーヒーを流し込み、ミサは本題に入った。

「リナ、あんた知らない? 別の街で援交やってる未成年ばかりを殺して回る通り魔の話」

「……”切り裂きジャック”」

 ミサの話に答えたのは、台所で立ったまま話を聞いていたクロの方だった。そして正解らしく、青年に頷きで返した。

「どうもそうらしいのよ。もしそれが本当なら、わたしらの商売も結構影響でてくるじゃないの」

「模倣犯じゃないの~?」

 しかし危機感が薄いのか、完全に覚醒しきれていないのか、未だに眠たげに答えてくるリナに、ミサはそれを否定した。

「状況が似すぎてるのよ。そもそも……」

 一旦言葉を切り、ミサは続けた。




「目撃者どころか商売相手の男無視して、援交やってる女だけ殺すなんていかれた通り魔なんて、他にいると思う?」




 結論は、いない。

 話を聞く限り、明らかに援助交際をやっている女の子に焦点が置かれている。何らかの恨みがあるのかどうかまでは分からないが、目的のはっきりしすぎている通り魔ならば、まず同一犯で間違いないだろう。

「……まあ、同一犯であれ模倣犯であれ、暫くは援交しない方がいいってことでしょ?」

「そういうこと、できれば夜も出歩かない方がいいかもね」

 コーヒーを啜る音が、部屋の中に響く。

「でもなんで切り裂きジャックなんて呼ばれてんの。クロ、そいつって有名なの?」

「多分、この地方でしか知らないと思う。世間体もあってか、新聞にもそこまで大きくは書かれていなかった。……そう呼ばれているのは、犯行の対象が身体を売っている少女だからだよ」

「どゆこと?」

 首を傾げるリナに、クロは答えた。

「実際の切り裂きジャックの被害者は、皆売春婦なんだ。だから現代の切り裂きジャック、ってゴシップ記事が飛び交っているんだよ」

 ところで、とクロは一旦話を切り、ミサの方を向いた。

「アカネ、って娘にも話したの?」

「うん、とっくに」

 話は終わりと思ったのか、ミサはコーヒーを一息に飲み干す。

「だから暇な大学生捕まえて、明るいうちに稼いでから帰るってさ」

「うわぁ……ワタシよりもアカネの方が大事なんだ~」

「どうせ寝てる奴最後にして何が悪いって?」

 軽くにらみ合う二人だが、クロの言葉に顔色を一瞬にして変えた。




「あれ、でもその通り魔って……昼間でも一度、暗い路地裏で犯行に及ばなかったっけ?」

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