008 出会い

「もうすっかり春だね~」

 上着がそろそろ重くなる時期、リナは仕事帰りに気まぐれに公園の中を歩いていた。制服の上に羽織った薄めのコートを揺らし、夜風に当たりながら当て所なく歩いていると、ふと人だかりができているのに気付いた。

「ん、何あれ?」

 興味本位で近寄ってみると、身なりがボロボロな男達がたむろして、同じくボロボロの女性を囲っている。どうやらホームレス内で輪姦でもしているらしい。

「お~お~どこもお盛んだね~」

 離れたところから暢気に見ていると、ふと人の輪から外れている男を見かけた。

 年は他のホームレス達よりも若く、着ている服もひどく劣化しているという程ではない。ホームレスになりたてなのかな、とリナが見つめていると、視線に気付いたのか、その男である青年が、顔をあまり動かさないようにして目を向けてきた。

「ええと……」

 まさか輪姦コースに巻き込まれるのか、リナが内心戦々恐々としていたが、青年は再び他のホームレス達に向き直った。しかし、かすかに伸ばされた手はリナの方を向き、ゴミを払うように振られている。

(……やっぱり新入り君か~)

 じゃなければ、青年は手を振らずに、他のホームレス達に伝える筈だ。未だに善意だのを相手に向けるのは、どの世界においても若い証拠だ。

「そんじゃ、邪魔者は退散しますかね~」

 流石に遠回りにはなるが、一旦戻ってから迂回しよう。そう考えたリナだが、少し手遅れだった。

「てめぇ……あに見てやがる?」

「あ、やばっ……どうも~」

 適当な軽口で返すが、リナの存在に気付いたホームレス達は各々武器になりそうな鉄パイプや包丁を手に持って構えている。しかし、構えているのはホームレスの男達だけだ。

(なるほど……輪姦パーティーじゃなくて強姦パーティーか)

 確かに女性の方はボロボロだったが、どちらかというと土埃塗れに近かったので、勘違いしていたようだ。リナは心持ち下がりつつ、スクバを手元に回していつでも走れるように身構えた。

「丁度いい、こいつも加えようぜ」

「いいな、ははは……」

(いや、ただ働きは勘弁だな~)

 等と考えていると、一人の男がリナの前に立った。それも正面ではなく、背中を向けた状態で。

「おう新入り……どういうつもりだ?」

「てめぇさっきから俺等に混ざってながったが……何考えてやがる」

 そう、さっきの青年がリナを庇うように立っていたのだ。何か武器を持ってないかとも思えたが、そんなことはなく素手だ。

「別に……正義の味方ごっこでもしようと思っただけ」

 それを聞いてホームレス達は笑った。

 棒読み口調でなければ、リナも混ざって笑い出していたかもしれない。呆然と青年の背中を見るも、震えとかそういうものはない。

(怖がっていないって……どういうこと?)

 逃げ切れるとでも思っているのか、とリナは内心訝しんだが、ホームレスが動く方が先だった。

「お前……さっきの女は無視して、そこの小娘は助けるのかよ。おかしくねぇか?」

「……別に、おかしくはない」

 青年は一度リナの方を向いてから、ホームレス達に告げた。




「さっきの女は好みだったから、犯されるところを見たかっただけで、好みじゃない小娘見てもつまらないから、他のことで遊ぼうとしているだけだけど?」




『……は?』

 この答えにはさすがに、この場にいる全員が呆然としていた。ということは何か、さっきはAV感覚で見ていただけで、こっちは見てもつまらないから別の番組でも見るような感じで動いたと?

「あんた……ひょっとして現実見えてない?」

「つまらない現実よりも、面白い虚構が好きなのは認める」

 リナの問いかけに、青年は淡々と告げた。

 ああ、道理で震えてないわけだ。現実理解できていないんだこいつ。

 でも面白い、内心リナは思ってしまった。思ってしまった以上、このまま一人逃げるのも癪だった。

「ねえあんた、ワタシ担いで走れる?」

「どこまで?」

「どこまでも」

 それからが大変だった。

 青年に担がれながら、スクバから取り出した銃で威嚇しつつ、公園から逃げ出したのだ。流石に犯罪者だから警察に垂れ込むことはないだろうが、近隣の住民に見つかったらどうしよう、と今でもリナは当時を思い出して、戦々恐々になる。

 まあ、リナ達は逃げ切ってから警察に匿名で通報したのだが、これは余談である。

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