狂気とマスク(4)

「み~つけた~。きゃは!」

 景壱はその声に身震いを起こし、恐る恐ると言った感じでカウンターから顔を覗かせる。


 そこには、六芒星のブーメラン──レディーレフィリアを発動させた星空の姿があった。

 彼女は相変わらずの歪んだ表情で景壱が覗いているカウンターを狙って一つのブーメランを投げようとしていた。


 それをいち早く捉えた景壱は力一杯に白兎を突き飛ばす。

 白兎は数メートル吹っ飛び尻餅をつく。

 瞬間、ブーメランはカウンターを綺麗に両断して景壱と白兎の間を立て回転しながら横切った。


 なんだと言わんばかりに景壱を見つめる白兎。

(言われた傍からこれかよ)

 まさか、それほど時間は経っていないにも関わらずこうして対峙することになろうとは思いもよらなかった景壱の表情は少し青ざめていた。

 それを見た星空はさらに頬を歪ませる。


「いい、いいよ~、その表情!」

 恍惚とした顔を景壱に向け、二撃目を繰り出す。

 景壱を捉えたブーメランはしかし白兎の右手によって止められた。

 回転しながらも前に進もうとするブーメランに白兎のユニークである漆黒の手袋がそれを受け止め火花を散らす。


「景壱! 協力してこいつを倒すぞ!」

「わかった!」

 静かな雰囲気のバーは星空の乱入により戦場と化したのだった。


「俺のユニークは近距離戦闘が得意だ! だから援護を頼む! どうにかこいつのこれを止めるから、その隙を狙ってくれ!」

 白兎の声は景壱にだけではなく星空にも届いている。そのことは白兎も承知の上だ。


(照準が定まらない)

 照準マークが星空を捉えようとするのだが、その周囲で浮いている残りのブーメランが彼女の前に立ち塞がっているため景壱の位置からだと見えない。

 このままだと防戦一方の白兎の体力に限界が来てしまう。

 白兎に視線を移すと首筋に大粒の汗を滴らせていた。

 景壱はその場から星空の背後を取るように走る。


 しかし、星空を守護するブーメランはそれに合わせて動くので状況は変わらない。どうしたものかと打開策を考えながらも走る足は止まらない。


「そんなことしても無意味なんだよ!」

 星空は景壱を見てそう叫ぶ。

 その間も白兎を襲っているブーメランは衰えず、確実に体力を削っていた。


(これでは埒が明かない……一旦、退きたいところだが)

 そんなことを考えている白兎は不意に地面に転がっていた木の破片に足を取られ少し態勢を崩してしまう。

(しまった……!)

 気を取られ、迫りくるブーメランを仰け反りなんとか躱すが、六芒星の形を模したブーメランだ。突起部分にガスマスクが擦れて割れてしまった。

 一連の出来事を見ていた景壱が助けに入ろうとする。


「来るな!」


 焦り、怒りが混ざったような声色がバー内にこだまする。

 思わず足を止める景壱は驚きの表情を白兎に向けていた。

 白兎は二つに割れてしまったガスマスクをなんとか手で押さえ迫りくるブーメランに背を向け逃げるようにバーから出て行ってしまった。


 追っていたブーメランはバーの外には出ず、そのまま方向転換し、星空の元へ戻って行った。


「あらら、お仲間さん逃げちゃったみたい。ふふふ」

「…………」


 何が起きたのかさっぱりわからないと言った表情で白兎が出て行った扉を見つめる景壱。

 出会って数十分程度だが、白兎に対して景壱は冷静な人と言う印象を受けており、先ほどの大声を聞いて白兎のことがよくわからなくなっていた。

 白兎のいなくなったバーは異様なほどの静けさが訪れていた。景壱だけしかこの空間にいないのではと錯覚してしまうほどだ。


 けれど、それは星空の甲高い声によって打ち消される。

「私の目的はそもそもあんただからね!」

 二つのブーメランが景壱に向かって飛んでくる。


△△△


(ブーメランは……追って来てはいないみたいだな……危ない、危ない……)

 割れたガスマスクを眺めて小さな溜息をした。

 ガスマスクを持つ手は震えている。

 それは自分自身があの場にさらけ出されてしまう恐怖からである。


『気持ち悪い』

 頻繁に耳にした言葉が脳裏を過ぎる。

 嫌な響きを持った刃物のような言葉は今でも消えていない。なぜそのような心のない言葉が口から出てくるのだろうか……。それが不思議でならないでいた。


「ふぅ、落ち着かなければ……今はゲームの最中だ」

 自分に言い聞かせスマホをポチポチと操作しガスマスクを取り出す。

(俺がこれを外す時は、生まれ変わっている時……そう信じてる)

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