狂気とマスク(3)

「もうすぐ始まる」

 男がそう言った数分後、天井に規則正しく配置された照明の方から声が聞こえた。


報酬戦争リウォードウォーにご参加の皆様、大変お待たせいたしました』


 パンパン!


 誰かが手を叩く音が壇上に響き渡る。

 すると、景壱だけじゃない、そこに集まった4名もの参加者が突如として振動したスマホを手に取って画面を確認していた。


報酬ほうしゅう生存せいぞんポイント35000を手に入れました】


 景壱のスマホ画面にはそう書かれていた。


『その報酬生存ポイントはこのゲームのクリア後、〝残っていたら〞譲渡しよう。それでは始めさせてもらうよ』


 声色が少し低くなり、場の緊張感が高まった。


『ルールは簡単だ。報酬生存ポイントを〝守り抜け〞』


 天井から声が途絶える。


 そして、

「「「「「──っ!」」」」」


 閉じていた幕がひとりでに開く。

 とたん、3体の能面を被った者たちが襲い掛かって来た。

 1体は自身の背丈よりも二倍は大きな斧を片手で振り回し、1体は刀身が2メートルはあろう太刀を両手で薙ぎ払い、1体は壇上から天井まで届きそうなほど長く大きな鎌を持ち、丸みを帯びた刃で持って景壱を含む5名の参加者の首を狙って振ろうとしていた。


 それは突然のことで景壱は若干のパニック状態を引き起こしていたので体が言うことを聞かず、そのため大きな斧が目前まで迫って来ていても、ただそれをじっと見ていることしかできないでいた。


(……死ぬ……)

 そう景壱が思った時だった。


 サッ、と素早く景壱の前に誰かが立ち塞がり、振りかざされた斧を片手で止めた。


「もうゲームは始まっている。ここから逃げろ」

 その誰かはガスマスクの男だった。

 白衣を纏ったその下からミリタリー迷彩が薄っすらと浮き出ている。

 斧を止めている右手には漆黒の手袋が伺えた。

「あ、ありがとう」

 お礼を言ってその場から逃げる。


 他の参加者たちは、能面の太刀と能面の鎌を上手いこと掻い潜り壇上から客席に降りて出入り口を目指していた。

 景壱も遅れながらそのあとを追うが、ふと後ろを振り向き能面3体を相手に苦戦しているガスマスクの男を見て足が止まる。


(このまま見捨ててもいいのか)

 そんなことを思う。

 このゲームは死なない。それをわかっている景壱だが、なぜだろうか、死ぬよりも恐ろしいことがあるのではないのか、と言う考えが頭を過った。


 そして気がつけば、

「ユニーク!」

 景壱はそう叫んでいた。


 モノクルサイトは複数に照準を合わせることはできない。

 景壱はそのことを鑑みて恩人であるガスマスクの男を今まさに襲っている能面の斧に向けて照準を合わせる。


 相手が動いているとは言え、遠く離れた位置からなのでそうそうモノクルサイトの範囲から出ることはなく、容易に照準マークは緑色へと変化した。

 景壱はナイフを一本手に取って、能面の斧の能面に肩を鳴らして投げつけた。


 シュッ! と、短い音を発し、ナイフは見事に能面を貫通させた。

 しかし、それだけでは弱いのか能面の斧は少しよろめいただけ。そこにすかさずガスマスクの男が漆黒の手袋をはめた拳で能面を粉砕。それでようやく能面の斧はその場に倒れ、白煙となって消滅した。


「助かった!」

 そう叫びガスマスクの男は景壱の元へ駆けて来た。残りの能面たちを引き連れて。


「なんとか逃げ切れたみたいだ」

 ガスマスクの男が言った。

 今、景壱たちは見知らぬバーのカウンターの下に身を潜めていた。

「ここがまさか船内だとは思わなかった」

 ガスマスクの男がそう呟いた。


 ここに来る途中で景壱たちは窓の外を見る機会があった。そこで目にしたのは辺り一面の海だった。


「舞台に、この高級感溢れるバー……ここは恐らくクルーズ客船の中だ」

 ガスマスクの下の表情は伺えないが、彼の野太い声がさらに低くなっていた。

「協力してくれ」

「わ、わかった」

 コクコクと何度も頷き返す景壱。

「俺は紫白兎むらさきはくと。白兎と気軽に呼んでくれ」

「ああ、わかった。俺は砂島景壱。俺も景壱って呼んでくれ」

「了解した」

 白兎はガスマスクの奥から瞳を覗かせ景壱を見た。

「報酬生存ポイントを守り抜け……前と同じだ」

 すると、突然にそう言い始めた。

「前と同じって白兎はこの報酬戦争リウォードウォーをクリアする方法を知ってるのか?」

 期待に満ちた声色で景壱はそう尋ねる。


「いや、俺はこのゲームをクリアできなかった……」

「そ、そっか」

「でも、ある程度なら情報を知ってる。ただ、それが今行われているゲーム内容にリンクしているかは保証できない」

 昔は真実だった情報が嘘になってしまうのではないのかと言う不安でその情報を言いたげではない様子の白兎は景壱の反応を伺う。


「それでも教えてくれ。ないよりかはあった方が断然いいに決まってる」

 景壱は少しも迷うことなく言った。

 白兎は頷き、ガスマスクの影響でくぐもった声ながらも説明してくれた。


「報酬生存ポイントは爆弾のようなもので、負ければその分の生存ポイントを失うことになる。つまり、負ければアクトゥワリサードの世界から追放されることを暗示している」

 景壱は追放と聞いて死よりも恐ろしいものの答えがわかった気がした。

「え? それだと、白兎は……」

「敵によっては報酬生存ポイントだけ奪ってくる特殊なやつもいる。俺はそいつにほとんど持って行かれていたからこそ負けてもそこまでダメージにはならなかったんだ」

 そう言い白兎が人差し指を景壱の眼前に立てた。


「それにこのゲームに終わりはない」

 その言葉の意味がわからず景壱は立てられた人差し指をひたすら眺める。

「一言で言い表すなら時間無制限ってところだろう。いくら敵を倒しても、参加者が減っても、終わる気配は一切感じなかった。だからこそ、そこに勝機があると思っている。あの声は守り抜けと言っただけで1回もいつ終わるかは口にしていない。だがそんなゲームが存在するか? 俺はそうは思っていない。どこかに終わらせる鍵があるはずだ」


 白兎の声には執念を感じられる。このゲームを絶対にクリアするぞと言う強い意思を白衣と共に纏っていた。


「確証はないが……それでも協力してくれるか?」

 白兎のその問いに景壱は真っすぐ答える。

「もちろん」


「そうだ、一つ確認しておきたいことがある」

 白兎が突然、ガスマスクを景壱に近づけそう言った。

「戦闘が終わった直後にこのゲームの招待が来なかったか?」

(戦闘……)

 その言葉を聞いて、あの狂気じみた星空流のことを思い出した。


「あ、ああ」

「……なら、気を付けた方がいい」

「な、なんで……?」

 景壱がわからずそう返すと白兎は俯き気味になって口を開く。

「そいつがこの船内にいる可能性があるからだ」

 その言葉を聞いて景壱は星空のあのブーメランの動きが脳内に映像となって流れるのだった。


 すると、噂をすれば何とやら。景壱にとっては聞き覚えのある声がバー内に響き渡る。

「み~つけた~。きゃは!」

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