アクトゥワリサード(3)

 四季高等学校。その二階渡り廊下に景壱は立っていた。

 廊下の手すりに体を乗り出し、一階の庭を見て誰かいないか確かめる。それから目的もなくふらふらと一年三組の教室まで足を進めた。

「どうなってるんだ……」

 突然のことに混乱気味だが、それとは別で興奮していた。日常を倦怠感丸出しで過ごして来た景壱にとってわくわくをそそられる世界なのだ。


 扉を開け教室内に足を踏み入れて自分の席に向かう。

 机の中を覗くと現代文の教科書が入っていた。教科書の裏には砂島景壱と汚い文字でそう書かれており、ここが四季高等学校をモデルにして創りだされた場所ではなく、現実であるとそう確信する。


 景壱は自分がここで何をすればいいのかわからないでいた。

 昨日みたいに声が聞こえて能面が現れる流であればわかりやすいのにと思っている。


「ユニーク」

 呟き程度でその言葉を口にする。

 右目の視界が一瞬ぼやけたかと思うと照準マークが映って見えた。

 自分の力なのか怪しいところだが、発動したと言うことは……。

 右手に持っているスマホに目を移す。


 スマホの画面は既に正二十面体のアプリが起動した状態であり、スマホ本体のホームボタンを押してみるがアプリは閉じなかった。

 仕方ないのでまだ押したことがない羽の絵が描かれたアイコン──アイテムをタップした。


 すると、昨日の戦闘で使った見覚えのあるナイフの絵柄が表示され、それをタップする。


 ぶわっ、とスマホ画面から空気砲のような風が顔を撫で、三本のナイフが浮き出た思ったら、地面に落下した。


 スマホをポケットにしまいナイフを三本とも手に取る。

 昨日は能面に襲われていたためナイフをまじまじと見れなかったのもあり、こうして見ると景壱の知る一般的なナイフではなかった。


 刃は黒く先端は尖っていて、全体的に切る用途ではないとわかる。言わば、投げナイフ。だからか、一般的なものよりも柔らかい。


 教室内でナイフを弄る状況になるとは想像もしていなかった景壱は今の非日常的な雰囲気に不思議な気持ちでいっぱいだった。

 そんな景壱を怪しく覗き見る影があることを当の本人は気づいていない。


 教室を出て彷徨っていると一階の渡り廊下でこちらに向かってくる人影に気づき、同時に勇者が持っていそうな細長い剣を視界に捉える。


 明らかに敵意丸出しと言ったところで、味方ではないことを景壱は察していた。


(そう言えば俺を対戦に選んだとか言ってたな)

 景壱は左手にナイフ三本を持って投げる構えを決める。

(あいつが敵ってことで間違いないとして……)

 近づくにつれ人影の全貌ぜんぼうが露わになり、モノクルサイトを発動させようとしていた景壱の手が止まった。


「女の……子」


 胸元に緑色のネクタイ、その上に黒のブレザー、下は灰色を基調としたチェック柄のプリーツスカート。その姿はどこからどう見ても学生である。


 彼女は腰の位置まで伸ばした黒髪を左右対称に分け、白くて綺麗な額を惜しげもなく見せつけていた。


 剣の切っ先を床に擦りつけながら向かってくる彼女は景壱に対して鋭い眼光を向けていた。

 てっきり昨日の能面みたいな人の形をした化け物と戦うものだと勝手に思い込んでいた景壱にとってこれは予想外のこと。

 人ではない化け物なら戦える。しかし、相手が女の子だと話は違ってくる。


 流石に彼女に向かってナイフを投げるような真似なんてできない。

 そう思っている景壱の心を無視するように、彼女は、プリーツスカートから伸びた綺麗な足を駆使し、勢いよく壁を蹴って距離を詰めてきた。


 そして、その勢いを利用して剣を上から下へ振り下ろす。


 風を切る音が耳を掠める。


(っ!)


 切っ先が景壱の頭上を捉えた瞬間、体ごと横を向かせた。振り下ろされた剣は床に弾かれた。


「避けるなんて」


 彼女の目を見ると、歯を食いしばり、薙ぎを繰り出そうと腰を捻っていた。

(問答無用って感じだな)

 景壱はすかさず、彼女に背を向けて走った。背後から窓ガラスの割れる音が響く。



 逃げて正解なのかわからないまま来た道を戻る。

 気がつけば二階渡り廊下まで来ていた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 未だに不明な自分の身体能力に驚きつつも後ろを確認。


(追って来てはいないな)

 いきなり殺そうとする人に遭遇したことがない景壱はどう対処すればよいのか皆目見当がつかない。


「戦うしかないのか……」

 能面の方が可愛く思えてしまうこの状況に困惑する。


 そこで一つの疑問が浮かび上がった。

 人間相手に戦うのであれば死ぬことはあるのか、と言うこと。

 能面からは人間の気配と言うものを感じることはなく、ただただ、機械と言った印象を受けた。なので、あの時はナイフを投げることができたのだ。


 しかし、あれはどう見たって人間。人の皮を被った化け物などではない(壁を蹴って距離を縮める時点で化け物のようだが)。


「あの剣に切られたら死ぬのかな……」

 もしかして──そんな漠然とした不安を感じて独り言を呟いていた。


「安心しろ。死ぬことはない。ゲームが終われば元通りだ」

 突然声がして振り返ると、そこには先ほどの彼女の姿があった。


(いつの間に……!)


 彼女は剣を頭上に構え目を細めて立っていた。

「試しにってやろう」

 淡々とそう言って容赦なく振り下ろされた剣は、しかし、景壱の持っていたナイフ一本に受け止められる。


「ほんとに……死なないのか!」

「嘘だと思うなら試しに切られてみろ」

 怒り気味に言う彼女は剣に体重を掛けるが力が弱い上に体重も軽いのか、景壱の持つナイフはミリ単位も圧されることはなかった。


 それを見て、彼女が非力だと言うことに感づき、少しの余裕が生まれる。

「なぁ、この状況について知ってることを教えてくれないか? 俺全然わかってねぇんだ」

「それは私に切られればわかることだ」

(話が通じねぇな……)


 彼女は圧しても無意味だと理解したのか、片足で地面を蹴って後方に飛ぶ。

 そして、剣を鞘に納めた状態で静止。徐々に彼女の周囲には銀色の小さな球体が集まって来ていた。

 それが眩しくて、景壱はナイフで目元に影を作る。


「生存ポイント消費……999」


 静かに目を閉じた彼女はそう言って、鞘に収めた剣を思いっきり抜刀するのだった。

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