第1話 アクトゥワリサード(1)
何が合図でこうなったのか。
寝台の上で寝転がりながらスマホを弄っていた景壱だったが、瞬きの一瞬、気がついたら噴水の目の前に立っていた。
そこは、閑散とした複合型商業施設の噴水広場。
スマホを片手に呆然とする。
数えるのも困難なほどに立ち並ぶお店。天井はステンドグラスで覆われている超大型ショッピングモール。
「らんでる?」
噴水広場を中心に前後左右に伸びた通路の奥、アーチ状に作られた入り口の上部にランデルと片仮名でそう書かれていた。
景壱はスマホの検索エンジンを開こうとするが、謎の圏外で画面上に『ページを開けません』との文句が表示された。
「え?」
困惑しながらスマホの画面を凝視していると、どこからともなく声が聞こえて来た。
『ようこそ、アクトゥワリサードへ』
その声に景壱は心当たりがあり、現代文の授業中に聞こえた声であることに気がつく。
『君は欲しいもののために戦えるか?』
謎の声からそう問われてその返答には一つしか思い浮かばない。それは、景壱が一番に欲しいもの──才能だ。
「当然だ」
『よろしい。では、最初の試練を乗り越えて見せよ』
謎の声は高々にそう言った。
どこかで不敵な笑みを浮かべているように。
途端、噴水広場に強風が吹く。
咄嗟に腕で目元を隠し強風が治まるのを待っていると、景壱の目の前に能面を被った人間が現れた。両手に刀を持って近づいて来る。その足取りはゆっくりとしたものだが、迫力があった。
(こんなところで……銃刀法違反でしょ)
そんなことを思っていると、能面を被った者は人を超えた脚力で一気に景壱との距離を縮める。
景壱は驚いてその場に尻餅をついてしまう。しかし、能面は待ってくれるはずもなく、右手の刀を景壱の首を狙って振り下ろそうとする。
一瞬、死の恐怖が襲い掛かる。
(死ぬっ!)
だが、容赦なく振り下ろされた刀は空を切っただけだった。
「え……う、動ける……」
先ほどまで足が竦んで立ち上がれなかったのに、刀が振り下ろされる瞬間、自分でも驚くくらいの速さで躱し、相手との距離を離していた。その一連の動きはプロのスタントマンと思わせるほどに華麗なものだった。
そして、
「ユニーク……」
突然、そんな言葉が頭に浮かび、口にすると、右目にちょっとした重みを感じた。スマホの画面で確認してみると右目部分に照準器に似た片眼鏡を掛けている自分の顔が映った。
スマホの位置を変えながらそれを眺めていると、勝手にスマホが起動し、画面上にナイフのアイコンが映し出された。
何だろうと押して見る。
すると、画面から三本のナイフが飛び出て地面に落下する。その際、金属の擦れる甲高い音を響かせた。
「うおっ!」
驚いて仰け反ったあと、景壱は地面に落ちたナイフを一本だけ拾う。
その間にも能面を被った人間はこちらの様子を伺うように慎重に近づいて来ていた。
両手に持った刀の先端が地面を擦り、火花を散らす。
「こ、来いよ!」
威勢を張り、ナイフを構える。
刃物を人に向けたことがない景壱は二刀流の相手にこれで挑めるのかと考えた。
(……逃げよう。あとから勝てる方法を考えればいい)
そう結論を出した景壱は、先ほどのプロのスタントマンを思わせる動きを想像しながら俊敏にショッピングモールを駆け抜ける。
相手も駆けて追って来ているが、幸いお互いの速度は同じであり、距離が縮まることはない。けれど、このままだと体力的に景壱の方が先に尽きてしまう可能性が高かった。
「この眼鏡どう使うんだよ!」
そう愚痴りながらも足は止まらせない。
眼鏡の形状が照準器を思わせ、それにナイフとあればこれは投げて使うのだろうと察しがつく。しかし、使い方がわからないのだ。
試しに走りながら後ろを振り向いて左目を閉じてから片眼鏡の掛かった右目を見開いて相手を見てみる。よくスナイパーが的を狙う時にするようなのと同じだ。
景壱の右目に赤色の照準マークが右往左往と動いているのが見え、能面を捉えると照準マークは動きを止め、赤色から緑色に変わった。
それを合図に右手に持っていたナイフを全力で投げつける。
勢いよく投げられたナイフは能面の頭を狙って直線状に飛んでいった。それを刀で薙ぎ払おうとした相手は飛んでくるナイフの速度に追い付かず、空を切る。そしてナイフはぐさりと能面を貫通し、その後ろ、石材のタイルにひびを入れて突き刺さった。
そして、
『congratulations《コングラチュレーションズ》』
と金色の文字が景壱の頭上に浮かび上がった。
それは景壱を称えているようにも見え、その逆、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべているようにも見えた。
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