ワンコな君と悩む僕を青空は見守っていた

「さーて、今日の昼ご飯のメニューは…うわっ、ミックスフライ!しかも、衣がべしゃべしゃになってない…だと。響、お前天才かよ!」


「いや、んなもん、衣と弁当箱を工夫すれば、誰でもできるんだが…、って聞いてないな、奏」


 昼食時。奏に勉強を教えてもらった礼に、一週間、手作り弁当を提供している俺だが三日目になった今でもこいつは大喜びしてくれている。今日も響お手製のミックスフライ弁当を見ながら、目をキラキラさせて、尻尾をぶんぶん振って、口から涎を垂らしたワンコみたいに、俺の『いただきます』を待っていた。

 …律儀なやつだな。何も言わず食べれば良いのに。しかし、これ以上待たせてしゅんとなるワンコを見るのも、ちょっと可哀そうなので、


「…いただきます」


「うん!いただきますーす」


 子供の様に元気良く『いただきます!』を言う奏。今日日、小学生でもこんなに元気な『いただきます』は聞けないぞ?

 ホントに食べる事好きなんだな、こいつ…


 気持ちの良いくらいパクパク食べる奏を見て、思わず笑ってしまう。

 その視線に気づいた奏がキョトンとした顔をする。


「ん?どうかした、響。俺の顔に何かついている?はっ、まさか、響、もの足りなくて、俺の弁当のおかず狙っていたとか?ごめん、もうほとんど残ってないや…。ぐぅ、ホントは嫌だけど、この玉子っ、焼きをっ、君に…」


「あのね、奏くん。君のために作ってきた弁当のおかずを狙うとかどんだけ卑しいの、ボク?それは全部君のものだよ?だから、たーんとおあがり」


 マジでこいつの中で俺のイメージどうなっているのか、今度、真剣に話し合う必要があるな。そして、奏。本気で泣きそうなった後に花のような笑顔を見せるな!そんな奴からおかず奪うとか、もはや鬼畜の所業だよ!!


 パクパク、もぐもぐ…


 俺の作った弁当を幸せそうに食べる奏を見て、今日も眠たい目を擦って弁当を作った甲斐があったと思いながら、俺も自分の玉子焼きに手を伸ばした。



 ※



「はぁ、ごちそうさま」


「はい。どういたしまして」


 食後にケータイマグに淹れておいた珈琲を紙コップに注ぎ奏に渡す。奏はそれを両手で受け取り『さんきゅー』と言った後に口に運んだ。


「はぁ、美味しいのう…」


「どこかのおじいちゃんですか?あなたは」


 ワンコになったり、急に老けたり、何でもありだな、この子…。まぁ、そのどれもが可愛い顔で行われるから、不快感がないのが、逆に腹立つが


「そう言えば、次の授業『音楽室』に移動だったよな?ってことは、授業内容は『歌』かな?」


「えっ?まぁ、そうかもしれないな…」


 奏から『歌』というワードを聞いて思わずドキッとなる。

 なぜなら、その言葉は今の俺の大事な趣味であり、人生の支えであり、何よりも大事なものだからだ。


「どうかした、響?もしかして、お前、歌…嫌いなの?」


 そう言って奏は不安そうな顔をして俺の顔を覗き込む。

 何でそんな顔すんだよ。誤魔化し憎いだろ…


「いや、そういう訳では無いけど。…何というか、得意では無いんだ」


 俺の言葉は半分本当で半分は嘘。というのも、俺は歌の授業では趣味の時に使っている『高音』では無く、『低音』で歌っている。これは身バレ防止の為でもあるが、低音での歌い方を練習するため、でもある。当然、律先生にも許可を貰っているが、ずーっと高音でしか歌い方を練習してこなかった俺は、なかなかこの声で上手く歌えない。

 というより、律先生に出会うまでまともに発声練習などしたことなかったのだ。

 律先生は『無理して出してお前の持ち味が潰れるのも良くないから、ほどほどにな…』とは言ってくれたが、表現力の幅を広げるためにもちょっと勉強したいんだよな。ここ最近、ボイトレも伸び悩んでいるし…

 そう思いながら、頬杖をついて、窓の外を眺める。ここ最近はずっと晴天。澄み渡った青空が俺の悩みを解決してくれれば良いのになんて思っていたが


「そっか、偉いな、響は…」


 奏の一言を聞いて驚いて振り向く。奏は両手で紙コップを持ちながら優しく微笑んでこちらを見ていた。

 相変わらず絵になる奴だな…


「偉いって、何が?」


「ん?だって普通苦手な事なら適当に流すとか逃げ出す奴が大半だろ?でも、響がそういう顔をするって事は『何とかしたい』って証拠だろ?だから偉いなって…、そう思っただけだよ」


 …こいつ、どんだけ好意的に俺を見てくれているんだよ。

 もし、奏が女の子だったらぜーったい好きになっていたぞ…。でもま、


『ここ最近、こいつがいてくれたおかげで、助けられている事も多いんだけどな…』


 はー、いっそ奏に俺の趣味を打ち明けて助けて貰うのもありかなぁ…。でも、俺の女装姿を見られるのは絶対に嫌だし…。

 俺が一人悶々と悩んでいると、昼休み終了の鐘がなる。

 …さて、憂鬱だけどできる範囲の事はやろう。律先生も協力してくれているし。ため息をついて立ち上がった俺に


「響」

 トンッ


 奏は俺の胸を拳で軽くノックして、頼もしい笑顔を作る。

『可愛い』と『カッコいい』が同居した、この不思議な男子高校生に思わずドキッとしてしまう。


「な、なんだよ…」


「俺もさ、実をいうと歌で悩んでいた、時期があったんだけど…」



「でも、頑張って努力すれば、『何とかなる』って事を、今からお前に見せてやるよ」


 漫画のヒーローみたいにニカッと笑う奏。

 この時の俺はまだ知らなかった。まさか、次の授業で本当に、奏が俺の悩みを解決してくれるなんて…

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