君にそんな顔をされたら頑張るしかない
「そういえば、奏くん。風邪大丈夫?」
「大丈夫。もうすっかり良くなったよ!」
奏は爽やかな笑顔を作って砂山に返事をする。心なしか砂山の顔が赤くなっているような…。イケメンスマイル恐るべし…。
そんな二人のやりとりを横目に見つつ、眠くなったので、机に顔を突っ伏して小睡眠モードになる。
「そっか、良かった。嵐山から聞いたけど、奏くん、一人暮らしって聞いたから、ちょっと心配で…」
砂山の声は本当に心配している声色だった。だいたいの男は投げ飛ばせる筋肉女子であることは間違い無いが、優しい所もあるんだよな、コイツ。
まぁ、その優しさが俺に向いた事はほとんど無いけど…
「あぁ、それなら、大丈夫。ちゃんと栄養あるもの食べて、あったかくして寝たらすぐに治ったよ!」
奏はまた明るい声で砂山に言葉を返す。
が、そこまで聞いて、何か嫌な予感がした。それはコイツが天然な上に、底が知れないほど
良いヤツだと言うことを思い出したからだ 。
「響が看病してくれたおかげですっかり良くなったよ!」
…ですよねー。良いヤツ奏くんなら絶対に、絶対にそう言う答えを出すと思ったよ!こんちくしょー
「へー、響が看病してくれたんだ…」
「えぇぇぇぇぇぇ!!!響が奏くんの看病をぉぉぉ!!」
漫画みたいにワンテンポ遅れて驚く砂山。こいつ良いリアクションするな。
おかげさまでクラスみんなの視線が俺に突き刺さってくる気配を感じるぞ。対する俺はもう机に突っ伏して寝たフリするしか無かった。冷や汗止まんないけど。
「えっ?あ、いや、ちが、これは偶然で、玄関で倒れたわた…俺を、響が運んで自分のベッドで寝かせてくれて…」
「ええっ!奏くん、響のベッドで寝ていたの!?そう言えば、さっき栄養あるものって言っていたけど、それってもしかして響の手料理って事?なにそれ!もう二人カップルみたいなものじゃん!あっ、やだ。何かドキドキしてきた…」
「カ、カップルなんて、そんな訳ないだろ!」
砂山よ、お前何かに目覚めてない?色んなやつを変な道に覚醒させるなんて。奏、恐ろしい子…。
まぁ、でもこいつはきっと今、顔を真っ赤にしているんだろうなぁ。でもさ、奏。君、面白いくらい自分からドンドン墓穴掘っているよ。そして、さっきから俺に突き刺さっているだろうと思われる、視線が痛い。というより、いくつか殺気も混じっている気がする。なんか寒気もしてきたぞ?
「カップルなんて、俺たちはそんなんじゃないよ!響はその、ちゃんと看病はしてくれたけど、出会ってまだ数日の俺に無遠慮な事してきたんだ。だって、だって、響…」
その言葉を聞いて俺は物凄く嫌ーな予感がする。もうこれ以上の沈黙は逆効果だった。
「お、おい、奏!」
ガバッと起きて、奏の口を塞ごうとしたが時すでに遅し、
「俺の目の前で上半身裸だったんだぞ!!」
しーん
教室中に広がる謎の静寂。砂山含め多くのクラスメイトは埴輪の様に無の表情をしていた。
こいつらは奏の一言を聞いてどんな想像をしているのかな?ふふふ。考えたくもない…。
奏は自分の放った一言がとんでもない事だと言うことに遅れて気づき、顔が更に赤くなる。
「あ、いや、その、違うんだ!その時、響、風呂上がりで、バスタオルを腰に巻いた姿で、風呂から出てきて、それを見たと言うか…」
…終わった。奏、それ何もフォローになって無いよ?
「響…」
「…何でしょう」
山犬の唸り声の様に低く暗い声で俺の名前を呼ぶ砂山。恐らく、これから言い訳しても俺の言い分は全く聞いてもらえないだろう。
「今の話、本当?」
砂山の背後から般若の顔が見えた。ような気がした。
あー、これは、ヤバいな。
それでも、俺はふっ。と一笑し、グッと親指を立て、良い笑顔を作る。もう何もかも諦めたように。
「事実だ!」
正直に話した瞬間、俺の見ている景色は天地が逆になり、背中に激痛が走った。
※※
「ごめん!本当にごめん!響!」
夕方、俺と奏はいつもより早めに帰路についていた。天読学園では試験が近いこの期間は余程の理由が無い限り、試験対策ができるように授業も早めに終わってくれるのだ。この制度はお家大好き響くんにとっては非常にありがたいが、
それだけ、試験結果がこの学校の全てだと暗に伝えているのが、この学校の怖いところでもある。
そして、奏は休み時間には解決した問題を未だに気にして、俺に謝罪を繰り返していた。
「あー、もう良いよ。奏のあれは悪意があってやった事じゃ無いし…」
背中を摩りながら、奏の言葉を返す。
結局、あの後、俺はみんなの前で正座させられ、奏にやった事が痴漢行為でない事を信じてもらうのに、休み時間丸々費やし弁解する羽目になった。その甲斐もあり、何とか『変態響』という不名誉なあだ名がつく事と、砂山が俺にした蛮行への謝罪を勝ち取ったものの、背中の痛みだけは未だに続いていた。
ふっ、相変わらず損する性格だぜ。マジで神様、何とかなんないの?これ!
「いやでも、看病してくれた響の話をしたら、お前が怪我するって、もの凄くおかしな話だろ?」
「…上手いこというなよ。それにお前の看病は俺がやりたいと思ってやったことだって言っただろ?だから、気にするなって」
「そうは言うものの…」
相変わらずの人の良さ。どれだけお前のせいでは無いと伝えても、奏は『そっか、じゃあ大丈夫だな!』と言えないのだろう。だったら、もう、コイツの気が済む様なやり方を俺は考えてやる事にし…
「はぁ…、よし分かった!なら、こうしよう。本当は苦手なところだけ勉強教えて貰う予定だったけど、俺が合格ラインに行けるまで勉強付き合ってくれ!それなら、奏。交換条件としては良いだろう?」
目一杯コイツに善意に甘える事にした。
「…」
奏は無言で俺を見つめた後、
「ふふっ」
クスクスと楽しそうに笑い始めた。
急に何だよ、コイツ…。俺の頼んだお願い、そんなに変な事だったのか?
けど、奏の笑った理由は俺の予想の斜め上の答えだった。
「何だよ、それ。俺、得しかして無いじゃん」
「はぁ、得ぅ?人に勉強教えるなんて面倒なだけだろ。それに俺はお前が思っている様な優秀な生徒じゃないぞ?」
「まぁ、確かに人によってはそう考える人もいるけど、俺は教える事も勉強になると思っているから、結果、得になるんだ」
あぁ、なるほど。頭いい奴はそういう考えもできるのか。常に合格ラインギリギリで他人の事など考えている暇の無い響君にはできない思考だな…
「それにな、前にも言っただろ?響が試験で良い点とってくれれば…」
「ずっと響と一緒にいれるじゃん!俺はその手伝いができるんだぜ?こんなに嬉しい事は無いよ!」
そう言って無邪気な笑顔を作る奏。
本当にさぁ…。何でコイツはこんなにカッコいい台詞がポンポン言えるの?しかも、こんなに良い笑顔で。そんな事、こんな顔で言われたら、俺だって頑張るしかないじゃん!
「そうだな。奏がそんな風に言ってくれるなら、俺も試験頑張ってみるよ」
「響…。うん!一緒に頑張ろうな!!」
幸せそうに笑う奏。その顔を見て、こんな良い奴に勉強教えて貰える俺って、本当はもの凄く幸せな奴なんじゃないか?
そう思った。
「とは言うものの、どこで勉強する?やっぱり図書館か?」
「あー、図書館はその、土曜日にちょっとしたトラブルがありまして、今は行きづらいというか…」
「あー」
奏も何か思い当たる節があるみたいで、気まずそうな顔をする。
どうやら、歌から聞いたみたいだな。そう。君の可愛いお姉さんが僕に毒霧をかまして、突然豹変して大騒ぎしたせいで、女子高生から鬼の様な顔で睨まれる羽目になったのだ。
俺、何を言っているかわかんないだろ?でもこれ、全部事実なんだぜ?
「そうだよなぁ。そうすると学校の図書館使うか?でも、土日空いているかな…」
「ん?いや、そんな面倒な事しなくても、もっと簡単な方法あるだろ」
親指を立て自分の顔を指差す。それを見て奏も気づく。
そう。もう奏と俺が同じ寮に住んでいる事が皆に周知されたなら、気にする必要なんて全く無いのだ。
「俺の家で一緒に勉強しようぜ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます