君と僕の朝の一幕
「あっ、おはよう。響」
「おう、おはよう、奏…、勉強教えて下さい!!」
「うわっ!いきなり!?そして、なんて美しいお辞儀なんだ!」
月曜日の朝、学校の校門で奏とバッタリ出会った俺は、恥もプライドも蹴り飛ばして、律様の前で何度も披露した『天読学園一』と自称するお辞儀をした。目的はもちろん、奏様に俺の『先生』になって頂く為だ。
「まさかこんな素直に頼んでくるとは…」
「えっ?何か言った?」
「あっ、いや別に…」
顔を上げると、奏は頬をかきながら困惑していた。
ううっ、厳しそうな雰囲気だな。歌先生はああ言ってくれたものの、奏だって病み上がりで全然勉強できていないはずだし、俺なんかの面倒見ている時間なんて…
「良いよ」
「はぁ…、だよな。ごめんな、奏。無理言って…えっ?今、何て?」
「いや、だから。『良いよ』って。一緒に勉強しようぜ、響」
少し照れくさそうに奏は笑う。感激のあまり俺は奏の手を両手で強く握る。
「ちょっ、響!?」
「ありがとう!マジ助かる!何か今度、お礼するから!」
「良いよ、お礼なんて…。この間、風邪ひいた時、散々世話になったじゃないか」
こいつ、まだ気にしていたのか。まったく、律儀なやつだな。
「いや、それとこれとはまた別の問題だ!お前が迷惑でも、ぜーったい、お礼するからな!」
「うぅ…、わかったよ。あと、響、手を離して貰って良いかな?」
そう言って、奏は顔を赤くして俺から顔を逸らす。
どしたの、こいつ?まだ、風邪完治してないのかな?
「みんな見ているから。恥ずかしい…」
奏がそうボソッと呟いた後、周囲に視線を移す。見ると、俺に対してからかうような視線を送る男子、恥ずかしがりながらも歓喜の視線を送る女子、呪い殺すような視線。色んな目が俺達二人を見ていて、恥ずかしさと気まずさで脂汗が出てきた。
「あっ、いや、みなさん。これはですね、別に深い意味は―」
「おー、響、奏。朝からいちゃつくのは結構だがHR始まるぞ。さっさと教室入れー」
頭をかいて、クロスワードの本を読みながら、我がポンコツ担任嵐山がここにいる全員に意味深な一言を残して通り過ぎていった。
ホント、こんな時に名前に似合った活躍してんじゃねーよ。いつか必ず学園長に告げ口して復讐してやる。
静かに奏の手を離し、
「…行くか」
「うん…」
そう言うと奏も小さく頷き、俺達は校内に向かって歩き出した。
背中に突き刺さる視線が異常に痛かった。
※
「あっ、奏くん。おはよう!ついでに響もおはよう」
「あぁ、おはよう」
「おー、おはー。って、『ついでに』は酷くない?そこは普通におはよう。で良いだろ」
俺のつっこみを聞いて奏の横の席の女子『
「そうねぇ、アンタがその無限の可能性を秘めた体躯を『運動』に生かしたら、もうちょっとマシに扱ってあげる」
「お生憎様。俺の体はそんなものよりもっと崇高な目的の為に利用される運命なのさ。てか、運動しても『ちょっとマシ』になるレベルなの?普段の俺って砂山の中でどれだけ扱い低いの?」
そう。この砂山凛は時たま俺に絡んできては、ことある毎に『スポーツ道』に勧誘してくる。砂山自身も女子の中だと恵まれた体格、負けん気の強い性格、元々努力家な点、その全てが『スポーツ道』に見事なくらいマッチし、どのスポーツにおいても優秀な成績を収めてきていた。
そんな彼女が今入部している部活は『合気道』。このスポーツ万能女子は遂に武道の世界まで足を踏み入れてきた。ちなみに俺も授業でこいつの投げ技を受けたことがあるが、一週間くらい背中が痛かった。以来、俺はこいつを本気で怒らせないようにしている。
ホント、黙っていれば、引き締まった体を持つ、爽やかで可愛い女子って感じなのにな…。
「はぁ…、響はそんな恵まれた体を持っているのに、それを生かさないとか…。あんたそのままだと灰色の学校生活を送ることになるわよ?」
「別に良いよ。それでも。俺は平穏に学校生活が送れれば、それで良いの」
「ははは、響らしいな」
「まったく、もう。まぁ、今は良いわ。いつか私があんたをスポーツ道に引きずり込んでやるから覚悟しなさい」
いや、しないよ、そんな覚悟。奏も笑ってないで止めてよ、その筋肉ガール…。
いつもの様にため息を吐いてしまい、今日一日、また何か起きそうで、俺は朝から不安になった。
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