君と君のお姉さんが時々怖い
「嫌いじゃ無い…」
歌は俺の言葉を小さな声で繰り返した。その顔は少し嬉しそうに見えた気がした。
「あぁ、時々心配になるほど素直だし、自分の事よりも他人を優先して、行動する超がつくほどの気を使いマンだし、ちょっと変わった行動を取るときもあるけど」
「あいつと話をするのは結構、楽しいんだ、俺…」
そう。他人と関わるよりも、自分の趣味に没頭していたい俺は人と話をすることなんて、ほとんど楽しいと思った事は無かった。特に同級生との会話は基本的には、話半分で聞くか、適当につっこみをいれるくらい。周りに合わせて会話をしているようなものだった。
でも、俺の話を聞いてコロコロ表情を変える奏との会話は、まるで『あの子』と話をしているような、そんな楽しさがあった。
こんなこっぱずかしい事、本人の前では絶対言えないけどな。
それを聞いた歌は少して照れ照れして赤くなっていたが、俺の言葉で気になる点があったみたいで、少し赤くなった頰を膨らませて、不満があるような顔をする。
「そう言えば、響。『変わっている』ってなに?響はそんな風にわた―、奏の事を見ていたの?」
「あはははは、悪い、悪い。でも、俺、嘘つく下手でさ。正直に言っちゃった。てへっ!」
そう言って、片手を後頭部に当て、下をペロッと出し、『めんご!』と一言。歌は溜息をつき、お茶の入ったペットボトルの蓋を開ける。
「もう、響の意地悪。でもまぁ、奏の今後の事を考えると、変だ。と思われている所は直した方が良いから、一応聞いて良い?奏はその、どんな所がおかしかったの?」
「えっ?うーん、そうだなぁ…」
奏のおかしな行動を色々思い出すが…、予想以上に多くて何から言って良いかわからなかった。しかし、家族だからこそ、忠告してあげられるものもあると思い、俺は奏珍行動集の中でも『最上位のもの』を歌にリークする事にした。
「色々あるけど、特にヤバかったのが『寝相』だな」
「寝相?あぁ、そう言えば、確かに…、悪い様な気がする。でも、そんなに酷かったの?」
歌は俺に質問した後、ペットボトルのお茶を口に含んだ。
「いや、酷いなんてもんじゃ無いぞ、歌!だってアイツ…」
「寝ぼけて俺の背中の上で寝て、頭撫で回してきたんだぞ!」
ブゥー!!
歌が口から盛大にお茶を吹き、俺の顔はビチャビチャになった。
「…歌さん?」
「えっ、あっ、ごめんなさい、響!本当にごめん!」
歌は顔を真っ赤にし、少し涙目になって俺の顔にかかったお茶をハンカチで拭く。後ろからさっきの男達だと思われる恨みの視線が送られている様な気がした。
…お前ら、これが幸せそうに見えるの?いくら俺が超ド級美少女好きでも、毒霧喰らって嬉しいとは思わないよ。
「あっ、あの、ごめんね、響…。えっと、本当にごめん!」
「いや、もう良いよ。俺も変な事言ったし。てか、歌、顔真っ赤だぞ。大丈夫か?奏に風邪うつされた?」
「いや、違くて、その、あぁ、もう、かぁなぁでぇー、あのおバカ…」
歌はもう泣いているのでは?というほど目が潤んでおり、風邪ひいた時の奏と同じくらい、いやそれ以上に顔が茹で蛸の様に赤々としていた。ちょっと話を続けるのが心配だったので、念のため、歌に確認した。
「歌さん、あの、お話はー、続けた方が良い?」
「…お願いします。今後の参考にするので」
…何の参考に?まぁ、良いか。
「えっと、一つ聞きたいことあるんだけど、歌の家にペットっている?」
「えっ、ペット?えっーと、犬がいるけど、それがどうかしたの?」
「あぁ、やっぱり犬か…。えっと、寝ぼけていた時の奏はどうやら、俺とその犬を勘違いしていたみたいでな。うへへへへぇ。シバタロー、良い子、良い子。って、言いながら俺の頭、撫で回してきたんだよ」
「…」
「俺も抵抗しようと思ったけど、手足がつって、顔が枕に埋まっていて声が出せなくてなー。んで、そんな俺に奏は更に頬擦りまでしてきた。いやー、あれは、恥ずかしかったな」
「…」
「その時のセリフが、うへへへぇー、このー、可愛い奴めー。へへー。とアイツ、物凄く幸せそうだったなぁ。餅みたいに柔らかいほっぺを、ガンガンくっつけてきたし。んで、それでも動けない俺に対して、奏は更にうなじにちゅーを…」
「もう良い!もう大丈夫!ありがとう、響!殺す!奏!アイツ、絶対にぶっ殺す!!」
歌は顔を真っ赤にして、突然、泣き喚いた。
ええっ!?突然、何、この子?悪魔でも降臨したかの?俺は慌てて、歌を宥める。
「だ、大丈夫だって。歌。確かにちょっとビックリしたけど、俺はほら。この通り、風邪も移って無いし、元気満々で…」
「でも、うなじにちゅーは!したんだよね!!」
…嘘つかないとか言うんじゃなかった。もう誤魔化すのは無理だな。
「…されました」
「やっぱ、殺す!絶対にアイツの存在をこの世から消してやるぅ!星空奏の学園生活は今日で終わりじゃー!!」
歌はもう赤くなりすぎて、赤鬼が憑依したのでは?と思うほどだった。というか、奏の珍行動もおかしいけど、歌!お前の豹変振りはちょっと恐怖すら覚えるぞ!
「あのー、歌さん。流石に殺してしまうのは、色々問題がー。それにその、場所が場所なのであんまり騒ぐのは…」
「あ ん た た ち ♡ 」
青い炎の様な静かな怒りを察知して、俺と歌は黙る。そして、オイルの切れたロボットの様にゆっくりとそちらを見ると、ニッコリと笑う眼鏡の女子高生がいた。名札を見ると『風森』と書いてあり、どうやら、図書館のお手伝いさんらしい。
そんな笑顔の彼女の背後から阿修羅が見えた。様な気がした。
「ここはね、あんた達バカップルが大騒ぎして良い場所じゃ無いのよ。だからね」
「…さっさと帰れ」
鬼の様な形相で睨み、眼鏡の下の殺意の波動をその女子高生から感じた俺と歌は
「「すいません…」」
と頭を下げて、図書館から退館した。
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