君と君のお姉さんの前では僕は嘘がつけない
「そう、そこはその言葉で訳せば意味がつながります」
「ふむふむ。あっ、本当だ。なるほど、道理で俺の訳し方だと意味がわからんわけだ」
「ふふっ、そうですね。でも、正直今回の英文翻訳はちょっと難しすぎると思います。これは普通の高校生の問題じゃ無いですよ…」
「あっ、やっぱり、歌もそう思う?」
『本当、いくら進学校だからって生徒を追い詰め過ぎだろ。寮にあれだけ人がいないのって単純に試験が難しすぎるからじゃ無いのか?しかし…』
俺はチラリと歌を見る。その横顔は何回見ても奏にそっくりだった。
今は学校の規則範囲内の薄化粧をしているが、それでも、その顔は奏が女装したらこんな感じなのかな…と思うほどだった。似てないことをあげるとすれば、その立派なむ―
「あの?私の顔に何かついています?」
歌の顔から視線が徐々に下がりかけてきたところで、彼女の声を聞いて、目線が上に戻る。
危なー。星空家の人達って俺を惑わせるフェロモンでも出ているのかな?時々、じっと見てしまうわ…
「えっ、あ、いや、ここ!ここの文ってどう訳せば良いのかなって」
教科書の英文を適当に指差し、慌てて誤魔化す俺。しかし、歌はそんな俺の言葉を真面目に聞いてくれて、
「えっ?あぁ、ここはね…」
『ちょっ!』
フワッ
椅子から少し身を乗り出し、俺の前に出る歌。俺の視界に歌の髪と横顔がアップで映る。彼女の髪からは奏とは違った花の様な良い香りが漂い、アイツとは種類の異なる落ち着く香りが俺の鼻に入ってきた。
ドキドキ…
『うわー、歌。良い匂いがする。というか、ヤバイ。俺の左手、ちょっと上げると歌の双丘に当たってしま―』
「ちょっと、響。私の話、聞いています?」
歌は少し頰を膨らませて、こちらをジト目で見ていた。その顔すら可愛らしかった俺は、目線を逸らして
「あの、歌さん…。その、結構、色んな所の、距離が近いというか…」
そう小さく呟いた。俺の言葉を聞いて、歌はカァッと赤くなり、
「あっ、えっと、ごめんね…。響、その、話しやすくて」
「いや、別に良いけど…」
目線を逸らしたまま、歌の言葉を返す。俺の視線の先に、大学生っぽい男達が恨めしそうな目でこちらを見ていた。
…いやいや、別に俺達、あんた達が予想している様な関係では無いよ。むしろそうあって欲しいくらいだわ。彼らの視線を見つめていると魂が闇に落ちそうなので、俺は素知らぬ顔して歌に話しかける。
「えっと、ありがとな、歌。自分の勉強もあるのに、わざわざ俺なんか為に時間割いて教えてくれて」
俺が礼を言うと、歌はクスクスっと笑って言葉を返した。
「気にしないで。私も一人で考えているより、人に教えている方が覚えられるから」
「とは言うものの、初めて会った女の子にここまで教えてもらって、何もしないというのも…」
そこまで言って、歌はジト目でまた俺を見る。そして、小さく溜息をつき
「あのね、響。私は迷惑だなんて思って無いよ。これはね、私がしたいからやっている事なの」
と、どこかで聞いた事ある台詞を言って、悪戯っぽい顔をする。
「…奏のやつ」
「ふふっ。ごめんね。奏から聞いたの。風邪が治るまでずっと付き添ってくれて、あの子が響に迷惑かけたって言ったら、あなたがこう返してくれたって。だからね、響、気にしないで。コレは私がやりたくてやっている事なの」
その言葉を聞いて、ふっ。と笑ってしまう。まったく奏に偉そうな事言っておいて、俺もまだまだだな…
「わかりました、歌先生。教えて貰った事をしっかり覚えて、試験を落とさないようにする。これがあなたにできる恩返し。ですよね?」
「はい。そういう事です。じゃあ、もうちょっと頑張りましょう、響くん」
その時、歌は本当に楽しそうな顔をしていた。
「…終わった」
歌先生の丁寧な指導の元、何とか問題が解けるレベルまで成長した俺は、その代償としてとてつもない疲労感が襲ってきて、図書館の椅子に背中を預け、ダランと手を垂らしていた。この問題にオーケーサインを出したやつ、頭に鳥の糞でも落ちてこないかな。
「お疲れ様。頑張ったね、響。今日だけでだいぶ成長したと思うよ」
「マジかよ。良かった。歌先生がそう言ってくれるなら、何とかなりそうだな…」
実際、歌がいなかったら本当に危なかったと思う。自分の興味の無いことは本当に覚えない俺でも、歌先生の説明は丁寧でわかりやすくて、何時間聞いていても集中力が欠ける事は無かった。これが特例生の実力か、マジで次元が違うのな。
「英語は何とかなりそうだから、後は他の教科も固めて置かないとなー」
「あぁ、そう言えばそうだね。うーん、私がずっと教えてあげたいけど、明日はちょっと予定があるし…あっ、そうだ!奏に教えて貰うのは?あの子も結構頭良いよ」
「えっ?マジで!そっか!よくよく考えたら、あの天読学園にサラッと転校してきて、かつ歌の弟だもんな。頭が悪い訳が無いか…なるほど、その手があったとは」
俺は顎に手を当て、さて、どうやって奏に勉強を教えて貰うか、その交渉材料を考えていると
「ねぇ、響はさ、奏の事どう思っている?」
「へっ?」
視線を歌に移すと、なぜか不安そうな顔してこちらを見ていた。
いつもの俺なら答えは決まっている。
『良いやつだよ〜』と適当な事を言って誤魔化す。
けど、歌の前ではなぜか、奏と同じようにはぐらかすって事をしたくなかった。
今からいう言葉は歌を傷つけるかもしれない。それでも、やっぱり…
「はぁ、どうも俺は星空姉弟の前では嘘つけないみたいだな…」
「えっ?」
突然、そんな事を言った俺を歌はキョトンした顔で見る。歌の顔を見てハッキリと奏の事をどう思っているか、伝えた。
「変わったやつだと思っている。でもな…」
「嫌いじゃ無いよ、あいつの事」
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