君と君のお姉さんは神様に愛されている

『あれ?なんで今、俺、この人の事、奏って呼んだんだ?だって、目の前にいる人…』


『…女の子だぞ』


 そう。俺の前にいるのは、長い髪の女の子だった。それもただの女の子では無い。


 とびきりの美少女だ。


 長く艶のある黒髪、雪の様に白い肌、長い睫毛の下には、透き通った硝子玉の様に美しい目。着ている服は天読学園の制服だったが、シワひとつないその制服を着こなしている姿はモデルなのでは?と思うほどだった。

 そして、目がいかない様にしていたが、どうしても視線が下がりそうになる。


 なぜなら、そこには制服下でもわかるくらい非常に形の良い美しい双丘が盛り上がっていたからだ。

 健全な男子なら、こんなもの直視してしまうに決まっている。が、生憎、俺は律先生に鍛えられて(というより、あの人見たらぶん殴ってくる…)ので、辛うじてガン見は避ける事ができた。それでも、悲しい男の性なのか、意識はそちらにいってしまう。


『何でこんなショボい街の図書館にこんな美少女が?えっ?俺、ギャルゲかラブコメの世界にでも迷い込んだ?というか、この人さっき…』


「あの、何で俺の名前、知っているんですか?」


「えっ?あぁ、それは、その…」


 この反応。この人、間違い無く俺の事を知っている。でも、俺はこの人に会った事は無い。しかし、この超ド級美少女が俺を知る理由は、一つだけ予想できる。


 だって、あまりにもそっくり過ぎるのだ。

 俺のとなりの席の同級生に。


「あのー、初対面で変な事を聞きますが…」


「『星空奏』ってヤツ、知っています?」


 その言葉を聞いて、彼女は少し驚くが、その後に少し俯いて、顎に手を当てた。わかりやすいくらい『何かを考えている時のポーズ』だった。そして、結論が出たのか、俺の方を向き、


 どこかで見たような、キラキラした笑顔を向けて言った。


「えぇ、知っていますよ。だって…」



「私の双子の『弟』ですから」




「弟?」


「はい。奏から聞いていますよ、少し変わっていて、マイペースな人だけど、色々お世話になっている同級生がいるって。そして、それは雨晴響さん。あなたの事だって」


 奏のやつそんな風に俺の事伝えていたのか。しかし、このお姉さんの様子を見るとアイツ、悪いイメージで俺の事説明していないみたいだ。

 奏が俺の事を悪い風に家族に伝えてない事を知り、少しだけ嬉しさと安心が混ざったような気分になる。


「あっ、でも、いきなり初対面で呼び捨てにするなんて、失礼ですよね…。ごめんなさい」


「あっ、いえ。俺もいくら双子の姉だからと言って、男と間違えるなんて失礼な事を。すいません」


 そうやってお互い謝りあって、目が合い、


「ぷっ」

「ふふっ」


 俺達は笑い合った。


『あぁ、やっぱり奏のお姉さんだな、この人。この楽しい感じ…』


『アイツといる時とちょっとだけ似ている』


「ふふふ、ごめんなさい。笑ってしまって。そう言えば、響さんはどうしてここに?」


「『響』で良いですよ。奏のお姉さんなら俺の先輩ですし…」


「えっ?あぁ、ごめんなさい。私、言い忘れていましたね。私と奏は同い年ですよ?私達、双子ですから」


「えっ、でも、学校で貴方みたいな綺麗な人見た事が…あっ!まさか」


 そこまで言って俺は思い出す。この天読学園では他の高校ではありえない、特例がある事を。


 奏のお姉さんは少し困りながら笑顔を作った。


「えぇ、あなたの予想通りですよ」


「私、『特例生とくれいせい』です」




 天読学園の他校ではありえないと言われている『特例』。それは総合成績、上位十位以内に入れば、半年間登校しなくても出席を免除されると言うものだ。


 この学校では成績の結果によっては寮を追い出されるなんて冷遇を受けることもあれば、逆に高い成績を残した生徒は色んな超優遇を受けることも出来るのだ。そして、その中でもこの特例は『成績が優秀な生徒は他の分野でも才能を伸ばして欲しい』という学園長の願いもあり、この制度を使って、他の分野、例えば芸術や音楽などに力を注ぐ生徒もいる。


 俺も最初は嘘だろ、そんな特例。と思っていたが、実際に俺の友達がその特例を使って海外に飛び立っていくのを見て事実だと知った。というより、学園の生徒数に対してこの特例を使っている人間はほんの僅か。実際に特例生に二人も会えた俺はむしろ稀有な方だった。


「なるほど、特例生なら知らなくて当然か…」


 というより、こんな超ド級の美少女がクラスにいれば噂にならない訳無いもんな…。


「えぇ。しかも、私の場合、高校受験で上位に入る事が出来たので、入学式も書類を出しに行ったくらいで…。だから、もう名前すら覚えている人がいるかいないか」


「マジすか…」


 嘘だろ。奏のやつこんなに巨にゅー、じゃなくて、超ド級美少女な上に、頭まで良いお姉さんがいた事、黙っていたのか。くそう。アイツもイケメンだし、星空家、神に愛されすぎだろ…


「でも、本当は…」


 そう呟いて、お姉さんは髪の先を指にくるくる巻きつけて、少しだけ寂しそうな顔をした。


「お姉さん?」


「本当は少しだけ、学校行ってみたいんですよね。高校生でいれる期間って短いから。でも、私にはどうしてもやらなきゃいけない事があるから、学園生活と併用できなくて」


「…」


『学校に行ってみたい』考えた事も無かった。俺はむしろ学校など行かず、ずっと音楽に打ち込んでいたい。でも、お姉さんの言葉を聞いて気づいた。


『よくよく考えてみれば、学校に行かなければ、影明にも、律先生にも、そして、少し変わった転校生にも俺は会えなかったんだよな 』


 試験の事に一杯一杯になっていた俺は気がつかなかった。


 俺は何の為に試験勉強を頑張るのか

 それはひとえに、


『俺は何だかんだで、あの学校でちゃんと学園生活を送っていたいんだよな…』


 そんな当たり前の事を、この超ド級の巨にゅー、じゃなくて、超ド級美少女は気づかせてくれたのだ。


「なんて!我儘ですよね!自分の事を優先しているくせに学校生活を楽しみたいなんて、あははは…」


「別に我儘じゃ無いですよ?」


 俺の言葉を聞いて、お姉さんはキョトンとした顔をする。俺は少しだけ笑顔を作って、言葉を紡いだ。


「自分のやりたい事を優先するのも、学校生活を送りたいって思うのも、我慢する必要なんて無いじゃ無いですか。だって、お姉さんは成績で上位を叩き出すほど頑張っているんでしょ?だったら、もっと欲張っても良いくらいだと思いますよ?」


「…」


 って、ヤベ。あまりにも、奏に似ているから、アイツだと思って生意気な事を言ってしまった。うわー、今の説教臭い感じで俺のフラグ折れたかな…。あぁ、せめてデートイベントくらいはこなしたか…


うたう


「えっ?」


 フワッ


 お姉さんの背後にある、窓から優しい風が吹く。風で靡くカーテン、窓から見える青空、風で少しだけ靡く彼女のスカート。そして、風にそよぐ彼女の長い髪。俺は前にもこんな絵を見た事がある。

 あれは、奏と音楽室に行った時だ。その時の光景と俺の眼前に映る絵はとても似ていた。


 お姉さんの可愛い笑顔とマッチして、美しい絵画を見ているようだった。


「私の名前は『星空歌ほしぞらうたう』って言います。だから、お姉さんじゃなくて」



「『歌』って、読んで下さい」




「歌…」


「はい。変わった名前ですよね。自分でもそう思うんですけど」


「いや、そんな、ことは、無いですけど…」


 俺の言葉尻はどんどん小さくなる。だって、こんな超ド級美少女の可愛い笑顔見せられて、呼び捨てで読んで。なんて言われたら、ただでさえ経験値の少ない男子高校生は一発で落ちるだろ。普通。


「えっと、流石に呼び捨ては、その、何というか…」


「むぅ…良いんです!奏だって呼び捨てなんですから、私だけ除け者はずるいですよ!」


「いや、除け者って…」


 そりゃあ、俺だって、こんな可愛い子をクラスの奴らの前で堂々と「おー、歌ー」とか呼びたいよ!そうすれば、俺、完全に勝ち組じゃん。…いや、ダメだな。ただでさえ、奏と仲良くしているだけで恨まれているのに、そんな事をしたら、いよいよ刺されかねん。自慢はやめとこう。


「むー、なら良いです。奏に響くんと会ったけど、彼、私の胸ばっかり見ていたって、言いつけて―」


「今日からよろしくね!歌!あっ、知っていると思うけど、僕、雨晴響って言います!よろしくね!」


 最悪な噂が流される前に『恥』という文字を蹴飛ばして、歌に自己紹介する。

 あぶねー。ただでさえ、奏に変態響とか呼ばれているのにお姉さんを視姦していた。なんて、イメージがついたら、俺、そのあだ名確定じゃん。てか、歌も歌だよ!脅迫材料が強力すぎるだろ!


「ふふっ。意地悪してごめんなさい。冗談ですよ。でも、ありがとう」


「これからよろしくね。響」


 そう言って、歌はキラキラした笑顔を作る。


 その顔を見た時、やっぱり奏に似ているな…とそう思った。

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