今の君は、かつての僕
「…だーめだ。全然わかんねぇ」
土曜日の午後。俺はいつもと同じように自宅で曲作り…では無く、町の図書館で自習していた。
理由はただ一つ。『学術試験』で上位に喰い込む為だ。
俺の住む寮は試験結果が悪ければ、泣こうが喚こうが、次の日には入寮権利を剥奪され、荷物と一緒に寮の入り口に放り出される。そんな嘘みたいな蛮行が平然と行われる寮なのだ。
『まぁ、あの学園長ならやりかねんからな。安全圏にいて損は無いだろ。それに一回でも上位成績に喰い込むと次回は少し優遇されるしな…』
しかし、そんな甘ーい考えは英語の教科書と参考書を開いた時、夢のまた夢だと実感する。何しろ今回の範囲である英文翻訳は今までのものより格段にレベルが高い。見た瞬間にちょっと吐き気を催し、窓辺で深呼吸して、再度見たら今度は頭が痛くなった。そんな難易度なのだ。
…本当にこれ高校の問題?進学校だからってレベル高くない?
「はぁ…」
窓を見る。今朝と同じように青空が広がっていた。ふと、朝食の時の会話を思い出す。
『あぁ、そうだった。俺はアイツに前で自信満々に言っちゃたんだよなぁ。あんな台詞吐いて、』
「…試験落とすわけにはいかないよな」
そう呟いて、また、教科書に目を通した。
※※※
「ごめんな、響」
奏は朝食のトーストの耳を齧りながら急に謝ってきた。
お行儀悪いぞ?っと、つっこんでやろうと思ったが、俯きながら本当に申し訳なさそうな顔をしていたので、思わず真面目に返答してしまう。
「何が?寝相が悪い事?」
「いや、それもあるけどベッドまで借りていた上に夕食、朝食までご馳走になって。思えば俺、ずっと響に甘えてばっかりだなって…」
しゅん…とした顔をする奏。しかし、食パンだけは口元から離さず、時折サクサクと心地の良い音が響く。
食べるか落ち込むかどっちかにしろよ…。忙しい奴だな、まったく。それに、はぁ…、本当にこいつは
「奏」
「ん?」
ゴンッ
「痛ッ!えっ、何?フライパン!?」
「そりゃ痛いだろ。俺愛用のフライパンは取手が取れる上に卵焼きも綺麗に焼けて、尚且つ丈夫なのが売りなんだからな」
「あぁ、なるほど。じゃなくて、何で?何で、俺、フライパンで叩かれたの?」
昨日の晩の復讐というのもあったが、俺はどうしても奏にこれだけは伝えたかった。
「お前のかたーい頭が、これで柔らかくなれば良いなと思ったからだよ」
「…固い頭?」
頭をさすりながら、言葉の意味がわかっていないような顔をする、奏。
もう、恥ずかしいからこういう事は察して欲しいものだが
「あのなぁ、奏。俺は別にお前の看病をして迷惑だとは思っていないんだよ」
「響…」
「お前がいつから俺に対してそんな借りがあると思っているのかわからんが、昨日の事はぜーんぶ俺が勝手にやりたいと思ってやった事。だから、俺が『迷惑』って言ってなければお前が気にすることなんて何一つ無いんだよ」
そう。気にすることなんて無いのだ。
実を言えば俺もそうだった。律先生が放課後、俺のレッスンを始めてくれた時、俺はいつも『ごめんなさい』とか『申し訳ない』みたいな台詞ばっかり言っていた。
…言い続けていたら、おもいっきりビンタされた。
そして、こう言ったのだ。
「私はお前の歌声が好きで、自分がそれを聞きたいから手伝っているんだ。手伝えないなら正直に言う。だから、お前が引け目を感じる必要なんて無い!」
律先生にそう言われてから俺は『人に頼る事』が怖くなくなった。
そして、今の奏はまるであの時の俺と同じような事を言っていた。だからだろう。このクソ真面目な転校生がもっと気楽に学園生活できるように、俺はちょっとで良いから手伝いたいと思ったのだ。
「でも、響。お前、もう少しで学術試験あるだろ?お前だってわかっているはずだ。試験結果が悪いと、この寮から追い出されるって」
「当然。でも、それはお前も同じだろ?」
「でも、お前には夢があるって…」
あぁ、もう!この超ド級の気を使いマン!クソッ、こんな事言うのは恥ずかしいけど、もう我慢できん!
「あぁ、もう。せっかくこの寮にお前が来てくれたんだ!だったら、風邪なんてつまらない理由で出てかれるのは…」
「俺は嫌なんだよ!」
「…」
奏は黙る。俺もそれ以上、言葉が出なくなる。
あぁ、もう恥ずかしい。何度も言うが俺にはこういう青い春を感じさせるようなセリフは似合わな―
「響」
「な、なんだよ…」
奏を見ると、笑っていた。まだ熱があるのか少し顔が赤くなっていたが、カーテン隙間から差し込む光が奏の笑顔を照らしていて、とても綺麗な絵になっていた。
「ごめん。ううん。違うな。俺は響にこう言うべきだったんだよな…」
「ありがとう、響。試験頑張ろうな」
「お、おう」
笑顔で素直に感謝の言葉を述べる奏を、俺は何となく直視できなかった。
「あとさ、響。俺、今決めたよ」
「ん、どした?」
「響。俺、試験絶対に落とさないよ。だからさ、響も試験落とさないで…」
「そしたら、二人、卒業までずっと一緒にいれるじゃん!」
「…」
はにかんで幼い子供の様に笑う奏。きっと今、こいつは本当に決意したのだろう。
学園生活だけでなく、俺と一緒にこの寮で過ごして、卒業まで一緒にいると。その為に、試験を頑張ると。
そして、こんな俺みたいな奴と一緒にいたいと、奏はそう言ってくれたのだ。
「…目玉焼き、冷めるぞ」
あまりにもキラキラ笑う奏を見て、風邪をひいたのでは?と思うほど顔が熱くなった。
※※※
「…うーん、やっぱりわからん」
再び教科書を開いた俺は一時間前と同じ様な体勢で唸っていた。
マジで思うけど、これ本当に解ける高校生いるの?大学生とかがやるヤツじゃ無いの?
文句を言っていても仕方が無いので、英文の翻訳をしようと電子辞書を開くが
「…電池切れたよ」
ここ最近の異常な運気低下がここでも力を発揮し、英語翻訳の頼みの綱、電子辞書がリタイアした。
「はぁ…、面倒だけどここの英語辞典借りるか」
そう言って、渋々立ち上がり、英語辞書を探しにいった。
『えっと、辞典の分類は確かこの辺り…』
目に映ったのは赤い背表紙の書籍。番号から察するにあの辺りか。
手を伸ばして該当する本を取ろうとすると、
「あっ…!?」
「えっ…!?」
同じタイミングで伸びてきた左手に俺の右手が触れる。慌てて手を引っ込め、謝罪の言葉をかけようと、その手の方を向くと
「えっ?響!?」
「えっ?奏!?」
奏の顔にそっくりな、長い髪の女の子がいた。
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