君と僕と月下の攻防
『シバタロー?奏のペットの名前か…?』
名前から察するに、『柴犬』ってとこか…。おいおい、奏。君の家の柴犬はこんなにデカいのか?どう考えても、サイズが違うだろ?
というか、コイツ、寝相悪いのな。寝ぼけて、ベッドから転がり落ちる奴なんて初めてだわ。
あぁ、クソ。こいつが今、どんな顔してんのか、見たいなぁ…
と思っていると
ワサッ…
『んっ?』
奏は俺の頭に手を置き、そして、ビックリするぐらい甘い声を出し
ナデナデ…
「うへへへへぇ。シバタロー、良い子、良い子」
頭を撫で始めた。
『…』
ナデナデ…
「良し良し、良い子だねー。お前は…」
…これは恥ずかしい!普段、貶されてばっかりだから、こんなに唐突褒められるのは、嬉し…、じゃなくて、恥ずい!!しかし、こいつの頭の撫で方、妙に落ち着く…ってだから!落ち着いたら駄目だろ、俺!あぁ、奏、これ以上は駄目だ。何かこう、今、俺はもの凄くいけない事している気持ちになる…。もう止めて!
「んー、んー」
あまりの恥ずかしさに、手足が動かない俺は頭をフリフリして抵抗する。
しかし、寝ぼけ奏にはそれは逆効果であり、
「むぅ、駄目だぞ、シバタロー。大人しくしなさい。えいっ!」
ガシッ
『えっ?』
撫でるのを止めた奏は、再び俺の体にがっちりとしがみつき、
スリスリ…
「悪い子には、こうだー。うりうり…」
今度は自分の頬を俺の後頭部に頬ずりしてきた。
『…』
スリスリ…
「うへへへぇー、このー、可愛い奴めー。へへー」
…これはヤバい!いやいやいや、奏くん!?可愛い奴めー、じゃないよ!可愛い奴は君だよ、君!ってか、こいつ、頬っぺたやわらかっ!餅かよ!さっきからうなじに当たる度に幸せな気持ちになる…じゃないんだよ!俺!あぁ、もう止めて…。そろそろ、恥ずかしさの熱で俺が風邪ひくわ。
「んーんーんー」
相変わらず、手足は微動だにしない。もはや、何か呪いに掛かっているのでは?と思うほどだった。そのため、俺の抵抗手段はさっきと同じく頭をフリフリする事だけだった。
「シバタロー…」
奏は急に真面目な声になり、頬ずりを止めた。その変化した雰囲気を後頭部で察した俺も頭フリフリを止めて、ピタッと止まる。
『やべっ、怒らせた?いやでも、この羞恥プレイが止まるなら、コイツを怒らせてでも止めるべきか。ほっ、良かった。後は手足が回復したら、こいつをベッドに戻して…』
「ちゅー」
チュ…
奏は突然、俺のうなじにキスしてきた。
『…』
「へへー、シバタロー…」
『…うわぁぁぁぁぁぁぁ!こいつ、今なにした!俺のうなじにキ、キ、キスしたぞ!』
自分に何が起きたのか、すぐには理解できず、思考が一瞬フリーズしていた俺は、『奏にキスされた(うなじだが)』という事実を理解した瞬間、一気に体が熱くなった。そして、とんでも無い物をプレゼントしてくれた美男子は
ナデナデ…、スリスリ…
「うへ、うへっ、へっへっへ…、しばたろー、しばたろぅ…」
甘い声から猫なで+変態みたいな声を混ぜ合わせた特徴的な声を出しながら、俺の体を撫でまわしていた。
…こいつ、本当は起きてんじゃねーの?
ツツッ…
ビクッ!
『ちょっ、バカ!そんな冷たい手で俺の体を撫でるな!ぎゃー、バカ!脇腹は止めて!可笑しくなる!』
ひんやりとした奏の手が俺の肌に触れる度、俺はビクッ、ビクッと痙攣したように悶えてしまう。しかし、相変わらず手足は動かないので反抗する事も避ける事もできない。もはや新手の拷問だった。
『やめ、くすぐったい!あぁ、クソッ!しかし、頭撫で→頬ずり→キスとくれば、もうこれ以上のスキンシップは無いはず…。ここだ!ここを耐えれば、俺の勝ちだ!』
とここまで考えて、思った。今の思考は完全に『フラグ』だった。~は無いはず。なんて考えている時点で、その上があると思うべきだった。
そして、過剰なほどペットにスキンシップをする奏は、自分の愛を最大限に表現するために
「しばたろぅぅぅ…」
『まーた、こんな甘い声出しやがって…。だが、奏。お前の過剰なスキンシップも、もうここで打ち止―』
「…いたただきまーす」
…カプッ
耳を甘噛みしてきた。
『…』
モニモニモニ…
「うへへへへぇ、し
『…』
『ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!』
俺の耳を甘噛みして幸せそうな声を出す奏とは対照的に、俺の脳内はパニック状態だった。それもそうだろう。いくら可愛い顔をしているからとは言え、身動きが取れない状態で同級生に耳を甘噛みされてみろ!正常な判断なんて、ぜーったいできないからな!!
『何してんの?何してんの!?何をやってくれているのぉぉぉ!!かぁなぁでぇー!』
奏の甘噛みで俺の耳が湿っていく度に体にゾワゾワッと鳥肌が走る。しかし、妙なのがこの鳥肌が『気持ち悪い』という嫌悪感から来ているとは断言できなかった事だ。
…ひょっとして、俺、何かに目覚め始めている?
いやいやいや、ヤバいヤバいわ!雨晴響。十七歳。まだまだ、『可愛い彼女』と青春もしていないのに(そんな予定も無いけどね!涙)、『可愛い顔の同級生』に開発されるって何よ!どんなエロマンガよ、それ!ってか、あまりにもパニックの連続でオネェ言葉になっているわよ!もう止めて!奏!これ以上、経験値の少ない俺を間違った方向に進めないでー!
「んーんーんー!んんー!!」
相変わらず我が家の良い枕が俺の悲鳴を防音吸収し、奏に俺の嘆きは届くことは無かった。そして、相も変わらず俺の体を撫でましている、奏のその手は
スッ…
『ッ!!』
俺のズボンに潜り込もうとしていた。
『だ、だ、だ、駄目だー奏!それはいけない!!それ以上は俺も、そして、お前にも拭えない傷を残す!いくら寝ぼけていても、そこだけは看過できない!!』
しかし、そんな心の声も寝ぼけた美男子には全く届かず、
「ううん、し
モソモソ…
俺の耳を甘噛みしたまま、どんどん手を潜り込ませてきていた。
『ぎゃぁぁぁぁぁ!!止めて、許して!そこは、そこはだめぇ!!そこまで、開発されたら戻れなくなるぅ!』
モソモソ…
『イヤァァァ!!誰か!誰か、助けてー!律先生ー!は駄目だ。こんな時でも大爆笑している顔しか思い浮かばない。わーわー、止めて、奏ー!!助けてー、おとうさーん!おかあさーん!
ピキーン!!
俺の貞操の危機が迫っている、その時、奇跡は…起きた。
『動く…、体が、動くぞぉぉぉぉぉ!』
「っりゃぁぁぁぁ!!」
ガバッ!
稼働可能となった両手両足を使って、掛布団をひっくり返して俺は立ち上がる。
奏はゴロンと俺から転げ落ち
「ふぇ?」
と寝ぼけ眼で頭にアホ毛を生やして、可愛らしい顔をしていたが、
「ふぅん!!」
と俺は奏をお姫様抱っこして、
ボスンッ!
そのまま、ベッドに投げ捨て、
「この、無自覚小悪魔がぁぁぁぁ!!」
と言って、掛布団で簀巻きにした。
※※
チュンチュン…
「…」
翌朝、結局あの後、俺は一睡もできず朝を迎えた。
陽射しが眩しい…。目が焼けるようだ…。
「響」
声の方を向くと、奏が笑ってこっちを見ていた。
「…風邪、どうだ?」
「うん。もう大丈夫だよ。響のおかげ、ありがとう」
「そっか」
俺の言葉を聞いた奏ははにかんで笑い、俺もそれを微笑んで返す。
ほんと、玄関でぶっ倒れた時はどうしようかと思ったけど
『やっぱり、こいつが笑っている方が何となく俺も気分が良いな』
と本人には言えない言葉を、胸の奥に閉まって奏の笑顔を眺めていた。
「なぁ、ところで響」
「ん、何だ?」
「なんで、俺、簀巻きなの?」
至極もっともな疑問。しかし、昨晩の出来事の内容が内容なだけに、俺も直接的な表現ができず、出た言葉が
「お前、寝相悪すぎ…」
だった。
カーテンの隙間から憎らしい程の青空が見えた。
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