夢見る転校生と現実を知る僕

「…トイレ」


 尿意を催して、夜中に目を覚ます。

 エアコンをつけているとはいえ、一番あったかい布団は奏にお貸ししている。あんよが冷えてしょうがない…

 チラリと奏を見ると


 すぅすぅ


 少し熱が下がってきて楽になったのか、気持ちよさそうに寝息を立てて熟睡していた。


 こいつ、本当に可愛い顔して寝るよな…。にしても、自分の事をこんなに他人に話したのは、いつ以来だろう。俺、『身バレ』したくないから、あんまり他人の事も聞かないし、自分の事も話さないんだけど、何となく、こいつの尻尾振るワンコみたいな姿が楽しくて、話してしまうんだよな…。


 その時、ふと思い出した。さっきの奏の言葉を


「今日はありがと。響のお陰で、もう辛くないよ…」


 思い出して、何故か恥ずかしくなる。

 成り行きで看病する事になったとは言え、ああもハッキリと笑顔でお礼を言われると、やはり嬉しくはなる。他人に無関心な俺が、奏の言葉を聞いて、久々に人の役に立てたと実感できたからだろう。


 ブルッ…


「あっ、ヤバイ。そろそろ限界…」


 布団からガバッと起き上がる。毛布を一枚はいだだけでこの寒さ。マジ勘弁して欲しい…。

 奏を起こさないよう抜き足で移動し、自分の体内の余計な水分を放出しに行った。



 ジャー


「うぅ、寒い…。お手洗いには暖房が無いから、トイレに行くのも一苦労だ…」


 御花摘みが終わり、布団にダイブして、うつ伏せになる。

 残念な事に布団はちょっと冷たくなっていた。


『あー、寒い。また、布団温める事しんどいな…。もういっそ、奏くんの布団に潜り込んで…』


 って、何考えている、俺!?変態か?変態なのか?いくら顔が可愛い同級生とはいえ、ここまで堕ちかけてしまうとは情けないぞ、響!

 …でもまぁ、風邪ひいた奏を自室に連れ込んだなんてクラスの人間に知られたら十中八九、俺が変態扱い受けるのは間違い無しだな。人気者を独占してしまうって相当なリスクあるよな。はぁ、もう、本当にコイツは…。


『友達』って言葉とは縁遠い俺にどうしてこんなに関わってくるのか…。もの珍しい奴だよ


 そこまで考えて、また夢の中に落ちていった。




『…ん?』


 突然、体に違和感を覚え、また目が覚めてしまう。しかし、今度は尿意では無い。というよりも


『何か…、重い?』


 枕に顔を伏せている俺は目の前が真っ暗なので、後ろに手を回して、俺の上に乗っている重りを調査すると


 モニッ…


『ん、なんだコレ?』


 何か柔らかい物が手に触れる。半分、寝ぼけていた俺は


 モニ、モニ…


 とにかく、それを触りまくった。


『何か、えらく柔らかいな、コレ。人の太腿みたいだ…って、おい、まさか、コレ!?』


「ん、ううん…」


 頭は覚醒してきても、視覚は塞がれている。しかし、聴覚が機能し始めた俺は、上からくるその少し色っぽい声を聞いて嫌な予感がする。

 俺の上にあるそれに触れながら、ゆっくりと手の位置を下に這わせていくと


「んっ、あっ、くすぐった!う、ううん…」


 先程よりも、その声は扇情的になる。そして、その声を聞き、疑惑が確信に変わった俺は脂汗が止まらなくなった。


 だって、俺がさっきまで触っていたのは、


『奏の尻だ、コレー!!』


 この時点で『変態響』という奏の言葉は真実になってしまった。




『え、え、何で?何で奏が俺の上で寝ているの?てか、俺、寝ている同級生にワザとじゃないけど!あ、あわわわわわ…。セクハラしてしまったー!!』


 セクハラをされた奏は今も俺の背中ですぅすぅと寝息を立てている。

 対して、俺は眠気はどこか遠くに旅立っていき、脳内ではひたすら奏にしたセクハラ行為の反省会が開かれていた。


『半裸になった姿を見せ、尻を撫でまわす…。いやいやいや、駄目だ!これはどう足掻いても弁解の余地なく、俺が敗訴する!刑の内容はあと残りの学校生活で同級生にわいせつ行為を繰り返す変態響と不名誉なあだ名を貰って、見事人生終了じゃー!!』


 脳内で広がっていく、最悪なシナリオ。俺はしばらく、うおおおお…と悶えていた。

 しかし、ふと気づいた。というより、奏にセクハラを働いた事ですっかりそれを忘れていたのだ。


「というか、さっさと奏をベッドに戻せば良いじゃん。このまま、こいつが起きなきゃ、俺の罪は神しか知らないわけだし。やれやれ、馬鹿だな、響君も…」


 と体に力を込めようとするが、


 ピーン


 四肢に嫌な気配を感じた。そして、それを感じた時、体は全く動かなくなっていた。


 …漫画か?漫画の世界の住人なのか、俺は?なぜだ!なぜ、今なのだ!どうして、このタイミングでこんな事が起きるのだ!!


『両手両足がつるとか、あり得んだろー!!』


 そう。手足がつってしまい、動けなくなっていた。その為、体を起こす事もできず、俺にできたのはせいぜい奏くんを起こさないようにベッドになる事くらいだった。


『はぁ…まぁ、良いや。このまま、俺も寝てしまえば、明日の朝にはうやむやになっているだろ。それに奏も起きるかもしれないし…』


 ガシッ


 突如、奏が俺の体に手を回してきた。


『えっ、もう起きたの?てか、もしかして俺のセクハラがば、ばれ…』


 と不安になる俺の予想は奏の次の一言で勘違いだと気づく。

 しかし、彼の放ったその言葉は


 俺を新しい地獄に突き落とす事なった


「えっへへへへー、くすぐったいよ。シバタロー」


 奏は寝ぼけており、夢の中のペットと俺を勘違いして、



 抱きついてきたのだ。

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