私がどうしても嫌な事はね…

 ガチャ…


「…よう」


「よー、奏、元気…、な訳ないか。大丈夫か、お前?顔真っ赤だぞ」


 呑気な響の口調は私を見た瞬間、即真面目な対応に変わる。

 そこから考えるに今の自分はどうやら相当ヤバイらしい。まぁ、熱が酷過ぎて、鏡見ている余裕無かったし…


「あー、大丈夫。と言いたいところだが、正直、死にそうです…。それで、えっと、響は俺に何か用?申し訳ないけど、遊んでやる余裕は無いぞ?」


「…お前、俺の事どんな目で見てんの?そんな状態のお前を引きずり回して、遊ぼうとするほど俺ってボッチに見える?それとも、鬼に見えるの?」


 良かった。昨日と一緒で楽しい響だ。今みたいにボロボロで不安な状態だと、こういう馬鹿を言ってくれる響のような人間の方がいてくれた方が助かる。

 正直、もう少し響のバカに付き合っていたかったが


「ゴホッ、ゲッホ、ガホッ!!」


「おい、奏!大丈夫かよ!お前、マジでただの風邪か!?」


 突然、溺れかけたような感覚に襲われ、酷い咳が出る。

 あぁ、もう。お医者さんはただの風邪って言っていたけど、久しくひいていなかったから、余計辛く感じる。


「だ、大丈夫。医者にも、行ったし…。寝てれば、治るって…」


「そうか、なら、良いけど…。悪い。なんか、俺、余計な事しちまったみたいだな。あっ、これお見舞い。今日は温かくして寝ろよ?んじゃ、お休み」


「あっ、サンキュー…。ありがたく、受け…」


 フラッ…


「おい!奏!!」


 熱で一瞬意識が飛び、気がついたら、玄関に膝をついて座っていた。呼吸も整わない。どうやら、自分で思っている以上に風邪に対して抵抗ができていなかったらしい。


「だい、じょうぶ。すぐ、ベッドに、戻って、寝れば…。あっ」


「おいっ!」


 熱で全く力が入らず、立ち上がる事すらできない。響の声色にも焦りが混じっていた。

 あぁ、もう。だから、だから、こんな時に君に会いたくなかったのだ。何だかんだで、優しい君はこんな状態の私を見たら、きっと本気で心配する。いつもなら甘えてしまうかもしれないけど、この期間だけは駄目なのだ。


 『学術試験』


 この寮に住む人間はこの試験の点数によっては、即日退去なんて横暴もまかり通ってしまう。生活が懸かっている私達は試験結果にそれこそ全てを賭けないといけない。


 それに響、君は言っていたよね。夢を叶える為にこの寮に住んでいるって。

 だったら、私の心配なんてしていては駄目だよ。

 だって、君が『夢』って言葉を使った時


 凄く良い笑顔していたから…


「うっ、くっ…」


「おい、奏。無理するな!今、俺が肩貸して部屋まで運んでやるから…」


「駄目だ!!」


 突然の大声に響も言葉を詰まらせる。

 ごめん、響。でも、私はどうしても嫌なんだ。君に甘える事もそうだけど、どうしても、どうしても、これだけはやってしまったら自分が許せなくなる。


『響。私は君の夢の邪魔をしたくない!』


「俺は…大丈夫。それに、部屋には、あんまり、入って欲しく、無いんだ…。散らかっているから」


「でも、お前…」


 ぼんやりとする意識。でも、たった一つ、響に伝えたい事があった。

 だから、私は無理矢理笑顔を作って響に言った。


「私は、大丈夫。だから、響。夢、叶える為に試験勉強、頑張って」


「奏…」


 大丈夫かな…。私、ちゃんと笑えているかな…?

 あぁ、もう、駄目だ。辛い…


 フラッ…


「奏!おい、奏!しっかりしろ!奏!」


 薄れゆく意識の中でも、響が私を心配してくれる声だけは、


 ちゃんと聞こえていた。



※※



「…あれ、ここ」


「あっ、やっと起きた。ったく、お前、心配させんなよ」


 目が覚めて最初に見たのは寮の部屋の天井。そして、聞こえたのは響の声だった。

 あぁ、そうか。私、あの後、熱で倒れて…。はぁ、また、響に迷惑かけちゃったな。あと、私がここにいるって事は…


「ごめん、響。手間かけさせたな」


「んー、まぁ、別に良いよ。同じ寮に住む同級生だしな。流石に廊下で寝かせられないだろ?」


「はは…、だな。えっと、じゃあ、そのありがとうな、響。わざわざ、俺を」


まで運んでくれて…」


「…」


 響は黙る。まぁ、それもそうだろう。風邪でロクに洗濯も畳んでいなかったし、私が『女の子』だって証明できるアイテムは部屋に散らかりっぱなしの状態。この状況下で私が女の子じゃないって言い訳する方が難しい。

 ごめん、響。私、君に嘘ついて―


「お前、大丈夫?やっぱりまだ、熱あるんじゃないの?」


 響の言葉を聞いて、首を傾けて彼を見てしまう。

 いやいや、響。何言っているの?確かに熱は有るけど、私、そこまでおかしくなっては…


 と下を向いて気づく。


 『…部屋の掛布団こんな色、していたっけ?』


 そして、辺りを見廻す。私の部屋と違う色のカーテン、小さなコタツ、机に大型のパソコン…。全て、自分の部屋に無い物ばかりだった。

 そして、その疑問を晴らすため、響に問う。


「あのー、響さん?こちらは、その、どなた様のお部屋ですか?」


「えっ?そんなの、決まってんじゃん」


だけど?」



『え、え、え…』


『えぇぇぇぇー!!!』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る