私が会いたくない時に君はいる
「ケホッ、ケホッ…。あぁ、ツイてないなぁ…。普通、転校して二日目で風邪ひいて休む人なんてそういないよね…」
ベッドの中、自室で自分の不甲斐なさを嘆く。
響に『お前もな』何て言っておきながら、この体たらく。情けなくて仕方が無い。
『風邪、ひくの、久しぶりだな。ここ最近、ずっと気が張っていたから、ちょっと緩んでしまったのかな…?』
今思い返すと私は、この学校に転校する時も、引っ越しする時も、転校初日に職員室に挨拶する時も、ずっとずっと心が休まる時が無かった。
自分の本当の姿を隠して始まる学園生活。気を緩めてしまえば、すぐにボロが出て、『男装バレ』してしまう事なんて容易に想像がつく。
『緩んでしまったのは、あぁ、あの時、響に会ったからだなぁ』
そうだ。たった一人で学園生活する事を覚悟していた自分にあの、ぼー。とした男の子が現れたのだ。マイペースで、皮肉屋で、何を考えているかわかんないときもあるけど、
「優しいやつ…なんだよね」
ふふ。と思い出して笑ってしまう。熱で、ぼぅ。としていたが、少しだけ元気が出た。
だって、彼といると少しだけ、『奏』でも無く、『優等生の私』でも無く、本物の奏と琴ちゃんと一緒にいた時の『私』になれるから…
ポロッ
「うわっ、ヤバい。風邪ひいて弱っているから、涙腺が。あはは、ダメだな、私…」
やっぱりダメだ。こんな状態であの子の事を思い出すと涙が出る。だから、ずっと心に隙ができないように頑張ってきたのに
『一人暮らしで風邪を引くと、こんなに不安になるんだ…』
ただでさえ、無力な自分がより弱く感じる。
どんなに気を張ろうとしても、体力も気力も熱と咳で奪われていく。
けれど、誰かに助けて欲しいなんて言えない。だって、私には絶対に守らなくてはいけない、約束があるから。
「とりあえず…水飲もう」
重い体を起こして、冷蔵庫に向かう。
水まだ残っているかな…。夕食どうしよう?何か食べないと。あぁ、早く治さないと試験、試験だけは絶対に落とすわけにはいかない。
何とか、何とかしないと…
頭の中が不安でいっぱいになる。もうこうなると、私は本当にダメで弱い人になる。
少しでも気を紛らわそうとして、冷たい水でも飲もうと冷蔵庫に手をかけた時
コンコン…
扉からノックの音が聞こえ、そちらを見る。
『…誰?荷物は下の宅配便置き場に届くはずだから、管理人さん?』
だとしたら、何の用事だろう?提出した書類に不備があったのかな?こんな状態じゃ、まともに相手できないと思うけど…
ふらつく足で扉に近づき、そこについている覗き窓から表を見る。
「…何で?何であなたがここにいるの?」
こんな時に会いたくなかった。
だって、こんな弱り果てた状態で会ってしまえば、私は間違いなくあなたを頼ってしまうから。
そして、君は溜息をつきながらも、きっと困っている私を助けてくれるから。
だから、本当は嬉しかったけど、今、会いたくは、無かったんだ…。
「ばか響…」
覗き窓から見えたのは、ビニール袋をぶら下げて、困った顔をしていた響だった。
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