朝、となりの席に君は…

「夢…?」


「あぁ。今は…、その内容言えないけど、その夢を叶える為にこの寮は色々と都合が良いんだよ」


 そう。俺にはどうしても叶えたい夢がある。

 それは当然、俺の趣味に関する事であり、女装の事を含め(てか、これが理由の大半…)、人にペラペラと内容を言えるようなものでも無い。

 だから、自然とこの言葉を人に言うことを避けてきた。


 『夢など笑われて当然』と心のどこかで思っていても、それでも、何も知らない他人にバカにされたり、蔑まれたり、心にも無い称賛を貰う事は、嫌なのだ。


 でも、ちょっと気になってしまった。


 俺のこの恥ずかしい台詞を聞いて、奏は一体どんな反応をするのか…と。


「…」


 うーん。やっぱり答え辛いよな。

 いきなり隣の席の同級生が、

 俺には夢がある!(ドドンっ!)

 なんて言われても、なに、コイツ…?みたいになるよね。あー、恥ずかしい。これだから、青春臭い事は俺には、にあわ―


「カッコいいな…響」


「えっ?」


 奏の方を向くと、ランドリールームの小さな椅子に体育座りをして、顔をひざに預けてこちらを見ていた。

 バスタオルが捲れて白い脚が覗く。奏の微笑む顔とその美しいおみあしのダブルパンチで、恥ずかしくなった俺は奏の顔を直視できなかった。


「そうやって、自分の思いを人にハッキリ言える人。本当にカッコいいと思う」



「なぁ、響…。どうすれば、お前みたいに、正直に自分の思いを人に伝えられるようになれるの?」


「奏?」


 コイツ、本当に男なのか?だとしたらなんでこんな色っぽい雰囲気が出せるんだ?イケメンだからか、イケメンだからだよな、きっと。イケメンってすご…


「はーくしょん!!ふぇ…」


 奏は突然、親父みたいなくしゃみをして、バスタオルで鼻をゴシゴシする。

 さっきまでのドキドキが台無しだった。


「あー、ヤバい。やっぱり下、薄着だと寒いな」


「そりゃ、そうだろ…」


 ピー


「あっ、俺の方は終わったみたいだ。さすが、最新式。早くて助かるな」


 奏は籠に乾いた洗濯物を物凄い早さで入れていく。

 てか、コイツどんだけ貯め込んでいたんだよ…


「お前、その量大丈夫か?俺も運ぶの、手伝おうか?」


 ピタッ


 奏の洗濯物を入れる手が止まる。

 奏は錆びついたロボットの様にゆっくりと首を動かして俺を見る。


「…響。いくらお前が良いやつでもそこまで甘える気は無い。そして、俺の洗濯物は何人たりとも他の人間に触らせる気は無い」


 その目には明確は殺意が込められていた。


「お、おぅ、そうか。オーケイ、ボーイ。今後も君の洗濯物には一切触れない様にする。これでノープロブレム?」


「うん。そう言う事だ。さて、じゃあ、明日も早いし、俺はこのまま寝るよ。じゃあな、お休み、響!」


「あぁ、お休み」


 奏に簡単な挨拶をし、そのまま、またスマホに目を移す。


 ガチャ


「あっ、そう言えば」


 奏は突然ランドリールームのドアを開ける手を止める。

 不思議に思い、奏の方を向くと



「言い忘れてたけど、昼間はありがとう。あと、これからよろしくな、響!」


 …本当、コイツは。クソ真面目な性格だよ。わざわざそんな事を。


 でも、俺はコイツのこんな性格が少しだけ好きになっていた。


「あぁ、よろしくな。あと、風邪ひくなよ?」


「はは、サンキュー!お前もな」


 奏は洗濯籠を抱えてランドリールームから出て行った。

 誰もいなくなった部屋で先ほどの奏の言葉を思い出す。


『正直に自分の思いを言える人間…か。普段の俺は、そんな立派な人間じゃないけどな…』


 少し寒くなって、奏のくれたバスタオルで暖をとる。

 そのタオルからはアイツと一緒にいる時の

 陽だまりの中にいる様な落ち着く香りがした。



※※※



 ガヤガヤ…


 翌日の朝、HRが近いのに奏はまだ俺のとなりの席に座っていなかった。

 おいおい、奏くん。二日目から遅刻とはちょっとチャレンジし過ぎだろ…。てか、手芸部と漫研部、その呪い殺す様な視線は何?俺は何も知らないよ?本当だよ?こいつらには、奏と一緒の寮に住んでいるって話はしばらく黙っておこう。夜道が怖い。


 ガラッ


「おらー、席につけ。HR始めるぞ」


「嵐山ー、まだ、奏くんが来てないよ」


「お前、せめて、『先生』をつけろよ…。たく、星空なら今日は休むってよ。風邪だとさ」


「「えぇー」」


 クラス全員から落胆の声が聞こえる。

 俺はと言うと


「はぁ…」


 いつも同じく溜息。

 まったく、何が『お前もな…』だよ。アイツ…


 転校して二日目で風邪をひいて休み。どうやら、奏も俺と同じく運気は底辺を滑空するタイプらしい。



※※



「だー、うるさい奴らだわい。俺は何も知らないっての!」


 学校が終わり、今日は律先生のレッスン、バイトも無い為、早々に学校から抜け出し帰路についた。

 だって、クラスの奴ら


「おい、響!お前、あの後、奏と何していたんだよ?あんなに元気だったのに、一日で風邪ひくとかおかしいだろ!?」

「そうよ、響。もしかして、あんた、奏くんが良い人だからって、昨日の放課後こき使ったんじゃ無いでしょうね?」

「響、私、言わないから…ねっ?正直に教えて。奏くん可愛いから、その、思わず、手、出しちゃったんでしょ?」

「響。君には失望したよ。君はどんなに深い欲望を持っていても、それを決して人に向ける人間では無いと信じていたのに!なんて羨ま、じゃなくて、汚らわしい人間なんだ!」


 と休憩時間はもはや『俺のせい』と言わんばかりに尋問の嵐。

 普段の俺ならその巨体を目立たなーい様に小さくし、お昼寝の時間に費やしていたが、お陰で今日は一睡も出来ず。

 そして、最後の二人は何で俺が奏に手を出した前提で話を進めるの?アイツら、奏が現れたせいで何か覚醒しちゃったかな?


「はぁ…」


 白い吐息が空を舞い、上を見上げると澄み渡るほど綺麗な青空が広がっていた。昨日の猛雨が嘘だと思えるほど。


『風邪…か。最近、俺、ひいてないから忘れていたけど、一人暮らしの時、風邪ひくのって…』


 そこまで、考えてハッとなる。


『いやいや、余計な事、余計な事。変に踏み込んだ事しておせっかい焼く方が逆に迷惑かけるって!ここは、そうだな。アイツが治った時にジュースでも奢ってやって―』


「これから、よろしくな、響」


 突然、俺の耳に鳴り響いたのは奏の声。

 そして、思い出したのは奏のあの笑顔。


『あぁ、クソ…。こんな事こと考え出したら』



『無視なんてできるかよ!』


「あぁ、もう…」


 そう呟いて、帰路から少し寄り道することを決意した。

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