洗剤の香りと君の香りが漂う中で…
ボスッ
「わぷっ」
ランドリールームから逃げ出した奏は戻ってくるなり、バスタオルを投げつけてきた。
「それで上、隠せ!変態響」
「えぇ、まだそのネタ引っ張るの?まぁ、寒かったし、ちょうど良いや。ありがとう」
奏は、ふん。と言ってそっぽを向く。奏も同じサイズのバスタオルを腰に巻いて足を隠す。
あぁ、勿体ない…。てか、何でこんなに怒っているんだ?えっ、もしかして俺の体って人に不快感を与えるほど情けないものなの?もっと、筋トレ頑張らんと…
「…」
「?」
ランドリールームに戻ってきた奏は洗濯機と睨めっこしている。その目で何となく言いたい事はわかった。というか、俺もそうだったが、入口から一番近いその洗濯機に向ける視線の理由なんてこれ以外に考えられない。
「汚いだろ?その洗濯機」
「あぁ。これで洗った洗濯物は絶対に綺麗にならないし、むしろ再び着たいとは思わない…」
奏の表現は大袈裟な言い方では無い。このランドリールームにある三台の洗濯機、その中でも入り口から一番近いその洗濯機はとにかくクソ汚い。何を洗い続ければそうなるのか、この男子寮に住んでいた不潔な男たちがこぞってそれを使っていたのでは?と思うほど、ボロく汚い洗濯機なのだ。
「…」
奏はどうやらその洗濯機で自分の衣服を洗おうか本気で悩んでいるようだった。
「…やめとけ、奏。そんなもので洗われた服は逆に汚れが酷くなって、『呪い』の属性が付加されるぞ」
「だよな。はぁ、仕方ない。響が使っているのが終わるまで待つか」
「えっ、何で待つ必要があるの?」
「えっ?だって、洗濯機って、この二台だけだろ?」
あぁ、奏にはここにある洗濯機は合計二台に見えたのか。
まぁ、そうだよな。だって、俺はこの一台を意図的に隠していたからな。うーん、でも、さっき綺麗なおみあし見せて貰ったし、奏になら教えてやっても良いか。
「ふっふっふっ、奏くん。感謝したまえ。俺は君みたいな迷える子羊が来た時の為に、ずっと隠し続けていたものがあるのだ」
「どういう事?」
「それはな、こういう事だ!」
バサッ!!
「そ、それは!!」
俺は勢い良く黒いビニールシートをひっぺがす。
その下に隠れていたものは
「最新式のドラム洗濯機だと!」
奏は目をキラキラさせながら、感動していた。
「えっ、えっ、なんでこんなものがここにあるの?というか、コレ傷一つ無いぞ!?ほぼ、新品じゃん」
「あぁ、君の言う通り。これは正真正銘、一回も使用された事の無い新品の洗濯機。こうして来たるべき時の為に隠しておいたのさ。だから、奏くん。遠慮無く使ってくれたまえ」
「マジか…。本当ありがとう!響、めちゃくちゃ嬉しい!!」
ガバッ
「ちょっ、おま…」
奏は喜びの勢いそのままで子犬の様に抱きついてくる。風呂上りなのか、少し湿った髪からシャンプーと石鹸の良い香りがしてくる。
「あのー、奏くん?僕、上半身裸だからさ…。色々、その、倫理的にマズいというか」
「うわっ…と。ごめん、ごめん」
奏は慌てて俺から離れる。顔を見ると真っ赤になっていた。
コイツ、無自覚でこういう事するの危険じゃないか?本当に誘拐されかねんから、目を離さないようにしとこう…
ゴウン、ゴウン…
「いやー、助かったよ、響!でも、なんでお前こっち使わないの?こっちの方が新しいじゃん」
新品のドラ洗で洗濯ができ、ご機嫌だった奏は当然の質問を投げかけてくる。
「えっ、あぁ、俺はホレ。この縦型洗濯機と乾燥機を自分専用にしているから、もう一台はいらないのさ。それにこっちも最新型で新品だったものを俺がずっと使い続けているから、愛着湧いてさ」
実を言うと俺と奏が今使っている洗濯機の場所にもかつて汚い洗濯機が置いてあった。その旧洗濯機は二台とも俺が引越した時はどんぐりの背比べレベルで汚く、こんなもので自分の着るものを絶対に洗いたく無い俺と親友は『洗濯機破壊作戦』を決行。針金を洗濯槽の隙間に入れて(良い子はマネしてはダメなやつだ)、そのまま回転。もともとボロかった洗濯機は断末魔を上げた後、煙を出して動きを止め、その長い洗濯人生?に幕を下ろした。そして、万が一の為に二台目も同じように破壊。後で管理人にめちゃくちゃ怒られたが、新型の洗濯機購入はあっさりと学校から許可がおり、届いた頃には親友も海外に旅立っており、その結果、今もこの比較的新しい縦型洗濯機と乾燥機を自分専用として使っていた。それゆえ、奏の洗濯機が来た頃にはわざわざ新しいものにするのが面倒くさくて、ずっとこっちを使っている。それだけの理由なのだ。
「ふーん、そっか。なら良いや、遠慮無く使わせて貰うよ」
「おう、そうしてくれ。ついでにホレ」
ペタッ
『奏専用』
「うわっ、お前何しているんだ。怒られるぞ」
「良いの、良いの。こうしておけば管理人も溜息はつくけど、基本優しい人だから自分の所用でこの洗濯機使う事無いし。それにお前も嫌だろ?自分の衣服以外の物がこれで洗われるの」
「うっ、そう言われると何も言えない。仕方ない、今回は俺も悪巧みに加担するよ。一緒に怒られような!」
そう言って奏は悪戯っぽく笑った。
「そう言えば、奏はなんでここに引っ越して来たんだ?お前、この寮、なんて言われているか知っているのか?」
「あぁ、『快適な牢獄』だろ?まぁ、条件から考えるとその言葉もあながち嘘じゃ無いな」
こいつ、知っていて引っ越したのか…。物好きな奴。
「ただ、ここってその条件さえ守っていれば、色々と便利な場所だろ?だからかな…」
「ふーん」
何となくだが、それ以上、奏に深い質問ができなかった。
俺にも人に言えない秘密がある。奏の雰囲気は俺のその何かを隠したい時の反応と似ていた。
「そういう響はどうなんだよ。お前だって、わざわざここを選ぶ理由が無いだろ?」
「うーん。そうだなぁ…」
俺は考える。いつもなら『何となく…』で会話は終了。
相手がそれ以上俺のPSに踏み込む事も無いし、俺も踏み込まない。そういう関係が『身バレ防止』には一番。それはずっとわかっている事だった。
けれど、
何となく、この言葉を聞いた時、奏がどんな反応をするのか、見てみたかった。
「奏、俺さ」
「どうしても、叶えたい夢があるんだよ…」
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