こんな所で君と合うとは…:~彼の場合~
「うわぁ、やっぱり全滅かぁ…」
帰宅して最初に行ったことは洗濯物の安否の確認だった。
そして、その結果はごらんの有様。見事、全員、空から降る猛雨絨毯爆撃にやられ、全滅していた。
「はぁ…。このクソ寒い中、またランドリールームに行かんといけないのか」
そう。俺、雨晴響が現在住んでいる場所は『天読学園』の所有する『男子寮』。最大収容人数は百人でベッド、エアコン…あー、思い出すの、面倒だな。全部ホームページに書いてあるし。
まぁ、他の生徒からは『快適な牢獄』とか言われているような場所だけど、俺は気に入っている。確かに色々不便はあるがルールを守っていれば、ネット使い放題、風呂入り放題、エアコン常時オンでも問題無しの快適物件。
そして、俺の場合、休日は引きこもって曲作りに勤しんでいるわけだが、この寮は色々と都合が良い。
まず、コンクリ作りの為、部屋のクローゼットに簡単な防音対策をすれば、隣の部屋に音が漏れない。というより、隣に入居者がいないから気にする必要が無い。
そして、ネット使いたい放題でいつでも曲のアップができる。
更に人の出入りが少ないうえに、荷物も一階の宅配便置き場に届くから、ドア越しに声が漏れる事も少ない。
『ほんと、この寮のお陰で未だに身バレしていないようなものだからなぁ…』
ドサッ…
「ふぅ…」
びしょびしょのグチャグチャになった洗濯物達を籠に入れてやる。
すまんな。俺の采配ミスのせいで、こんな目に合わせてしまって。
「っへくち!つぁ…、寒ぃ」
というか、自分の洗濯物の心配している場合じゃなかった。早く風呂入ろう。風邪ひく。普段なら、ワザと風邪ひいて、病欠届け出して、この快適な牢獄で引きこもり生活を楽しむのだが
「試験近いのに、休むわけにはいかん。俺の場合、マジで試験結果に生活かかっているからな」
俺は自分の趣味に全力で打ち込めるこの
※
「はぁ、さっぱり。やっぱり、クソ寒い季節は風呂に限るな」
全身ずぶ濡れの極寒地獄から、温かいお湯で心身共にホットになり、幸せな気持ちになる。ちなみに今日は奮発して『草〇の湯』の入浴剤を使った。
グッシャリ…
しかし、幸せの時間とは短いもので、俺の視野に部屋の隅っこで恨みがましいオーラを発している、洗濯物がたっぷり詰まった籠が映る。
あれ、どうしようかな…。明日で良いかな?
いやでも、着るものが少ない俺にとって、この量の衣服が使用不可になる事は日常生活に支障が出る。
はぁ、しんどいけど、ランドリールームまで洗いに行くしかないか。
髪を乾かして、部屋着にしているジャージを着て、
「よし、クソ寒いけど、さっさと洗濯行くか」
と自宅の扉を開けてランドリールームに向かっていた。
パチッ
「だー、寒い、寒い!!エアコン、エアコン」
俺の部屋からランドリールームまではそう遠くは無いが、ジャージ程度の防寒能力ではこの寒さから身を守る事ができず、一時間近くも長湯して温めたホットボディは早くも常温を下回る冷たさになっていた。
急いでランドリールームに備え付けのエアコンをつけ、
「死ぬ死ぬ…、温度はMAXに」
暖房モードでランドリールームの温度を一気に上げる作戦にでた。
「はぁ、死ぬかと思った」
部屋が温まり、やっと人並みの活動ができるようになったので、改めて洗濯を開始する。このランドリールームには洗濯機が三つあるが、
「ほいっ、ほいっ!!」
迷わず、『響専用』とふざけたシールを貼った最新式の縦型洗濯機(上には乾燥機付き)に洗濯物を放り込む。
「あとは、洗剤を入れて…へ、へくちっ!」
ベチャ…
「うわっ、マジかよ」
どうやら今日はとことんツイていないらしく、クシャミをした時に液体洗剤を上のジャージにひっかけてしまう。服に染み込んでいく洗剤はその部分からヒンヤリし始める。
「冷たっ。くそ、これも洗うか…」
その場で上着を脱いで、それも洗濯機に放り込む。町のコインランドリーでこんなことすれば、変態扱いだが、ここには基本、俺一人しか来ない。
こんな珍行動も許されるのだ。
ピッ
洗濯機のスイッチを押して、ランドリールームの隅にある椅子に座り、スマホを弄る。
このクソ寒い中、上着無しで自室に戻るなど、自殺行為だ。
ここはおとなしく上着が乾くのを待ち、二重に着込んで戻るのが上策よ。
「くくく、冬将軍敗れたり…」
上半身裸のまま部屋の隅でスマホを弄りながらニヤついてこんな事を呟く今の俺は、変態以外の何者でも無いが、なんども言うが基本的にここに来るのは俺のみ。こんな愚行も許されるのだ。
しかし、唐突に思い出した。
「そういえば、最近、この寮に引っ越してきた奴いたな」
他人のやる事成すことに全く興味を示さない俺は管理人からその話を聞いた時も、へー。と返事をして、普通に登校して行った。
しかし、俺みたいにたくさんのメリットがあるならまだしも、よくこんな『牢獄』とか呼ばれている所に来るよな…。
「まぁ、こんな時間に鉢合わせする事もないか…」
と、呟いてまたスマホを操作し始めた。
ゴウン…
「よし、終了。後は乾燥機にぶち込んで…」
ガチャ
「とうちゃー、えっ?」
「うわっ、マジか!?って、え?」
こんな時間に誰かとここで鉢合わせすることなど無いだろうと思っていたのに、そいつは現れた。
なぜ、『そいつ』なんて乱暴な言い方をしたかというと、俺はそいつを知っているからだ。
「なんで、奏がここに!?」
「なんで、響がここに!?」
そこには、なぜか洗濯籠を両手で抱えた奏がそこにいた。
「ななな、何で響がここにいるの?というより、なんて格好をしている!?」
奏は顔を赤くして、俺の姿に文句を言ってくる。
うーん、まぁ、確かに『なんて格好をしている』なんて言われると何も言い返せないが…
「いやん、エッチ。じゃなくて!奏こそなんでこんな所にいるんだよ!それにお前もその格好。もしかして、その、奏、下履いて無い?」
そう。俺の格好も大概だが、奏の姿もこの季節に全くマッチしていない格好だった。俺とは真逆で上着は着ているもの、下半身の大事な所は大きめのトレーナーで守られているが、太腿から下は足のサンダル以外何も守られているものが見えなかった。
その為、傍から見るとズボンを履いておらず、上着だけ着ている子みたいになっているのだ。しかし、重要な点はそこでは無い。
『てか、こいつ、尋常じゃないくらい、足綺麗だな…。律先生と良い勝負じゃね?』
普段から律先生の綺麗なおみあしを見慣れている俺は、そこら辺の女子高生の足程度では失礼だが満足できない体になっていた。
しかし、目の前に現れた奏の足は久々に電流が走るような美しさであり、奏の格好につっこみを入れた俺も少し恥ずかしくなるレベルだった。
「なっ、そんな訳ないだろ、バカッ!この下には短パン履いているし、上も服を二重にして防か―」
奏は急に言葉を止めて俯き、プルプルし始めた。
…大丈夫かな、この子?何でもできそうな優等生っぽい顔しているのに、時々変わった行動するよな。
「あのー、奏さん?」
プルプルする奏に質問を投げると
バッ
奏は顔を真っ赤にして、少し涙目になっていた。そして
「うわーん、響の変態ー!!」
「えっ、何で!?止めて!そういう事、大声で言うの!!」
大慌てでランドリールームから出て行った。
しーん。
嵐の様な奏との邂逅。
俺はしばらく目の前で起きた事に対して理解ができずにいた。
「えー、何だったんだ、今の?というか、ここって俺以外は最近引っ越してきた奴しかいないはずだろ?何で奏が…」
そこまで呟いて、理解した。
この寮に入居してきた奴は一人だけ。
そして、ランドリールームに奏が来た。
『奏はこの寮に住み始めるって事か?』
奏が出て行った方を見る。
ランドリールームの硝子には自分の顔が映っており、その表情に思わずジト目でつっこんでしまう。
「…なんで、ちょっと嬉しそうな顔をしているんだ?」
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