橙色の教室の中で…:2~彼女の場合~

 夢を見ていた。


 私は小さな女の子になっていて、冷たい雨の中にいた。


「ここ…どこだろ?寒いな…」


 雨が降り止む様子は無い。

 冷たい、寒い。


 どうして傘を持っていないのだろう。


 ザァー

「きゃあ!」


 急に雨が強くなる。

 猛烈な勢いで空から降ってくる雨粒は体温を奪うだけでなく、無数の針が体に突き刺さるような痛みも与えていた。


「うっ、うっ…」


 小さな私はその寒さと痛みに耐える事が出来ず泣き出しそうになっていた。

 けれど、


 スッ

「えっ?」


 私に降り注いでいた雨は突然止んだ。

 何が起こったかわからず、そっと顔を上げると


「あっ…」


 目の前には灰色の大きな『亡霊』が傘を差して立っていた。

 彼の目は私を見ているようだったが、どこか、虚で寂しそうだった。


「…ありがとう」


 亡霊は何も言わない。

 他の人から見たら、彼はきっと恐怖の対象としか思われないだろう。

 けれど、何も言わず私に傘をさし続けてくれる彼が


 凄く優しい子だ。と、そう思った。


 彼は私に傘を差し続けているが、自分の体がほとんどびしょびしょになっている。

 そんな彼に問う。


「ねぇ?あなたは寒くないの?」


 私の問いに対して、亡霊はそっと口を開いて―



※※※



「おい、奏ー。起きろー!ほんとに死んじゃうぞー!?」


 夢の中にいた私は肩を揺すられ、少しずつ覚醒し始める。

 んー、もう…。夢の続きが気になるところで起きる事になっちゃったな。


「うぅ、うぅん?」


 モソモソ…


 うーん、眠たい…。もう、誰が起こしたのかなぁ…。うぅ、視界がぼやけて、よく見えない。


 クスクスクス…


 どこかで笑い声が聞こえる。

 どうしたのかな?何が楽しいことでもあったのかな?と言うより…


「あれ?ここ?」


 私は間抜けな声で思った事をそのまま口に出していた。


「おぅ、目ぇ覚めた?おやすみのところ悪いけど、もう閉店だよ。お客さん。君、これ以上長居すると寒くて死んじゃうからね?」


「あぇ?ひ、びき?」


 私はまた気の抜けた声で返事をする。

 あぁ、この声、ひびきだぁ~。

 目の前はまだぼやけていて、姿は見えないが、その声の主ははっきりとわかる。


 今日、出会った私の席の横にいる同級生の男の子。

 『雨晴響』だ。


 あれー?でも、なんで、響、ここにいるのかな?

 うーん、目のモヤモヤがまだとれない…


 コシコシ


 あー、ちょっとずつ、目が見えて、解ってきたぞ。

 えーっと、確か響と分かれた後、教室に来て、そして、ちょっと眠くなって机に突っ伏して―


 そこで気づいた。

 私がこのメチャクチャ寒い教室の中、たった一人で何時間も爆睡していた事を


「えっ!?あっ、響!?嘘、わた…俺、こんなところで寝ていたの!?」


「おぅ、このクソ寒い中、びっくりするくらい熟睡していたぞ。おまけによだれまで垂らしてな」


 響の言葉を聞いて、口元の粗相に気づき、慌ててハンカチでそれを処理する。

 うわー、うわー!本当によだれ垂らしている!恥ずかしい!もう消えたい!


「んな、焦る事でもないだろ。よだれくらい。授業中、居眠りする男子はだいたい垂らしているぞ。酷い奴は鼻水とセットだ!」


 もう、響!それフォローになって無いよ!

 放課後、誰もいないこんなメチャクチャ寒い教室の中でよだれ垂らして爆睡する女の子なんて、その子、絶対頭のネジ外れているよ!

 そして、それは私の事だよ!!

 あっ、でも響には今、男の子に見えているのか…。じゃ、無くて!


「そういう問題じゃないだろ!って、うわっ、もうこんな時間。あぁー、今日中に片付けたい事、たくさんあったのに。響、すまん、そしてありがとう。このお礼はいつか必ず…」


「おっ、おい寝起きで慌てて立つなよ。危な…」


 響の忠告を無視して、無理やり机から立ち上がる。

 しかし、まだ起きかけの体は急な動きに対応できず…


 ガタッ!

「えっ!?あっ!」


 足をもつらせその場で倒れてしまいそうになるが、


「奏!」


 とっさに響が私を庇ってくれて


 ズルッ

「うわっ!」


 その響も床に足を滑らせ、そのまま二人もつれるかたちで


 バタンッ!


 二人仲良く床に倒れてしまった。

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