橙色の教室の中で…:1~彼女の場合~

「ただいま」


 誰もいない部屋に『俺』…いや、ここでは『私』で良いか。私は声をかける。

 当然返ってくる反応なんてない。

 いや、むしろあったら、号泣する自信がある!


 パチッ


 部屋の明かりをつけると殺風景な自室が照らされた。

 本当はもう少し可愛くしたいけど、この男装生活をすると決意した時にそれは諦めた。


 ドサッ


 コンビニで買ってきた夕食が入っているビニール袋の横に


 ソッ…


 大好物の『シュークリーム』が入ったビニール袋をそっと置く。

 今日は疲れたけど良い事があったので、ちょっと高いやつにした。


 ミチッ


「痛い…」


 胸に締め付けるような痛みを感じ、早くこのブラジャーとインナーの間にある不快なものを取り払いたかった。

 立ち鏡の前に立って上着とシャツを脱ぎ、インナーに手を突っ込んで


「ん…よっ。取れた」


 体からそれを巻き取った。


 それは『白い包帯』

 今日一日、サラシとして使っていた物だ。

 

 サラシが取れた私の体は、胸部がふっくらして、男の子の体から女の子の体に変化する。

 マジマジと鏡を見て、自分の胸の成長が止まっていない事にげんなりする。


「何かまたちょっと大きくなっているような…。これ以上肩こりが悪化するような大きさまで成長しませんように」


 はぁ…

 転校初日からコイツが外れて今日は偉い目にあった。

 サラシを床に、ていっ!と投げ捨て、意味の無い八つ当たりをする。


 ゴロン


「ふぅ…」


 インナー姿のままベッドに寝転がる。

 自宅だったら、お母さんが激おこで部屋に乗り込んでくるが、ここは私の王国だ。

 どんな格好で過ごそうと、とやかく言う人間はいない。

 しかし、ほんと、今日は疲れた。何か溜息ばっかりついているし…


『はぁ』


 とそこで思い出す。

 今日、初めて会った。溜息の多い、背の高い同級生の事を。


「響…今、何しているのかな?」


 軽く目を瞑り、今日一日の事、そして、となりの席の同級生の事を思い出していた。



※※※



 夕方。誰もいない廊下を歩く『俺』こと『私』、『奏(偽)』は音楽室で響と分かれた後、教室に向かって歩いていた。

 響の手伝いが終わった後、そのまま、帰ろうかな?と思っていたが、教室に鞄を忘れた事を思い出したからだ。


 ガラガラ…


「…やっぱ、誰もいないよね」


 教室はしん。と静まり返っており、空の水色と夕暮れのオレンジが混ざりかけた不思議な色の光が机を照らしていた。

 教室に足を踏み入れ、周囲に誰もいない事を確認して


「はぁ…」


 と溜息をついた後



『あぁぁぁぁぉぁぁ!何やっているの!私ぃぃぃ!』



 と音楽室でとなりの席の同級生にしてしまった自分の行動を思い出し、その場で頭を抱えて蹲った。




「ほーら、俺の予想通り。やっぱりお前、カッコイイよ」


『なーに、言っているの?私!バカなの!?バカなのよね、きっと!バカって凄いね!』


 私は響にやってしまった自分のカッコつけた行動を思いっきり後悔していた。

 いや、だって、アレなに!?どれだけ、自分の事カッコいいと思っているの?

 勘違いも甚だしいわ!


 もし、他の人がこの場にいれば私の体から湯気が出でいるように見えただろう…。それほど恥ずかしさで体が熱くなって、どうにかなりそうだった。

 あー、もう!ああいうことは普通、地味で可愛い女の子が憧れの王子様からやって貰うっていうシュチュエーションがあってこそ効力があるものなの!

 初めて会った同級生にやっていい物じゃないの!


 私はこの男装生活を始めるにあたり『爽やかキャラ』を目指す為、とりあえず、ある少女漫画を参考文献にしてしまった。そのタイトルは


『ドキドキ(はーと)!!地味な私が王子様達に好かれて困っています』


 今、思えば、何でこれを参考文献にした?


 恥ずかしさで火照る体を冷ますため、窓に向かって歩き


 カラカラ…


 そっと、窓を開けた。

 この時間だと多少、肌寒いが今の私にはちょうど良かった。


『今後はもうちょっとマシなものを参考文献にしよう…』


 爽やかキャラって、どんな本読めば出てくるのかな?やっぱり、スポーツ系かな?

 そういえば、この間、男装した女の子がイケメンだらけのサッカー部に入部してっていう、少女漫画があったな。


 …でも、その子、第一話で王子様キャラに『男装バレ』していたな。


「はぁ」


 この生活は『男装バレ』したら即『the end』だから、男装がバレない方法を知りたいのになぁ。

 でも、響は、まだ気付いていないみたい。


 その時、思いだす。

 音楽室で悪戯心が暴走し、彼の前髪を上げてからかってやろうと思った。

 でも、長い前髪の下に隠れていた、彼の顔を見て私は


「本当に、カッコいいと思ったんだもん…」


 窓際に腕を置いて、その中に顔を埋める。

 

 今、思い出しても嘘じゃない。

 私は響の目を見て、カッコいいなと思った。


 だって、その目は心から尊敬する『あの人』の目と似ていたから。

 だから、響の目を思わず、見つめてしまったのだ。


「うぅぅぅ…」


 体の火照りを鎮めようと窓を開けた筈だったが、何故か顔が熱くなってしまい、窓から離れ、自分の席に座った。

 そして、あくびをしながらうーん。と背中を伸ばす。


『ふわぁ。うーん、眠たい。昨日、サラシの調整に時間掛かったからなぁ』


 今までのドタバタで意識の外にあった胸元に目を落とす。

 厄介な事にこう言うものは意識し始めると急に窮屈に感じるのだ。


『ちょっと、緩めよ。苦しい…』


 サラシを緩める。

 少しだけ胸元が楽になるが、それと同時に緊張感も緩くなり、一気に眠気が襲ってきた。

 机に突っ伏して、目を軽く瞑る。


『…ちょっとだけ、寝よ。帰ったら、やらなきゃ、いけない、事も…ふぁ。あるし』


 そこまで考えて、私の意識は夢の中に落ちていった。

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