雨上がり。駆けて行く君の姿を見送って…
てな、事がありましたので、俺は現在、片方の肩が絶賛ビショビショでございます。
が、先程の愚行で全身ずぶ濡れになり、かろうじて股間を保護している衣服が濡れていない事が奇跡みたいな状態なので、奏くんが濡れていなければ、もはやどうでも良いのでありました。
…マジで俺だけ厄日じゃね?
「なぁ、響…」
「ん?何だ」
奏は前をぼぉーと見ながら、突然、俺に質問を投げた。
奏に倣って前を向く。
雨が強くて、目の前の景色はいつも違う風景のように見えた。
「響は雨の日、好きか?」
「えっ?どうしたよ、突然」
急に変な事を言う奏に少し不安を覚えた。
だって、コイツさっきからちょっとぼー。とし過ぎなんだよな…
「ごめん、急に変な質問して。ただ、何となくお前と話してみたいなって」
「えっ、俺と?」
奏は前を見たままコクンと頷く。
長く整った睫毛が揺れる。
「そうだなぁ、雨は、あんまり好きじゃないかな…」
自分の苗字に『雨』という文字が入っているのにも関わらず。
俺は、あまり、雨の日が好きでは無かった。
まず、足元がびしょびしょになるのが、嫌すぎる!
次に寒い。
更に洗濯物を外に干していると崩壊する。
って、アレ?俺、今日、洗濯物は外と部屋、どっちに干したっけ?
あっ、これ、ヤバイやつかな…
「そっか、俺も、雨はあんまり好きじゃないんだ…」
洗濯物が全滅した事に絶望している俺の横で、奏は雨音にかき消されるのではと思うほど小さな声で呟いた。
どこか儚げな表情をするその顔から視線が外せなくなった。
「雨の日は、濡れるのも嫌だけど…。あんまり、良い思い出が…無いんだ」
「そっか…」
雨が降り続ける前方を見ながら、奏の言葉に続いた。
奏の一言を聞いて、心のどこがチクリと痛む。
だって、俺もそうだった。
人生で一番しんどい事が起きた日。
その日もこれと同じ、いや、それ以上に酷い雨が降っていた。
それを思い出してしまったから。
「でもな、響」
「ん?どした」
奏の声は少しだけ明るくなる。
気になって奏の方へ視線を移すと、奏はスマホの通知をチェックしていた。
何やってんの?コイツ、と思いながらも、それを眺めていたが、奏はふぅ。と小さく息を吐き、そして、さっきよりも明るい声で
「雨が降ると、少しだけ良い事が起きるように…なったんだ」
そう言って奏は俺の方を見て
「だから、今はちょっとだけ、雨が降ると嬉しいんだ」
心底楽しそうな顔をして笑っていた。
ポツッ、ポツッ…
「雨、弱まってきたな」
「おっ、本当だ」
奏とだらだらおしゃべりしていたら、空を覆っていた厚い雲は薄くなっていて、うっすらと星空が見えていた。
「うん。ここまで来れば、家も近いから後はダッシュで帰れるよ。ありがとう、響」
「えっ?別に俺は送ってやっても良いぞ」
その言葉を聞いて、奏は悪戯っぽい笑顔を俺に向けて
「おやぁ、響くん?まさか君が俺との相合傘をもっと楽しみたい。なんて言うとは、思ってもみなかったよ」
と言った。
あー、なるほど。今の言葉はこいつなりの『もう良いよ。ありがとう』ってとこか…。まったく
「はいはい…、わかりましたよ。はい!ここで解散。俺も買い物したいし。…気をつけて帰れよ?」
「あぁ、ありがとう。じゃーな、響…」
「また、明日!!」
奏はそう言ってダッシュで駆けて行った。
アイツの背中が見えなくなるまで、目で追っていたが、その時、気づいた。
「そういえば俺、帰り道で『また、明日』なんて言われたの、いつ以来だろう…」
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