僕は雨の日の馬鹿野郎
ガララララ…
「失礼しましたー」
奏に遅れる形で誰もいない教室を後にする。
窓から見える空の色は、もうその大半が灰色の雲に染められており、冷たい水滴を落とすのは時間の問題だった。
「うわー、結構降るやつだな、あれ。めんどくせぇ…」
俺の脳内はもう日用品の買い出しよりも、いかにズボンを濡らさないで、帰るか。という点にシフトしていた。
傘はあるので、上半身は防御できるものの、身長の関係上、下半身は雨の中にいる時間によって被害の大きさが変わってくる。
ゆえにとっとと帰るのがベストだ。
ポツッ、ポツッ…ザーッ
「うわっ、もう降り出した。もう少し、我慢しろよ!」
階段を下るスピードを早め、下駄箱から靴を取り出して、鞄の中から折り畳み傘を出し、学校を出ようとした時…
「…ほんと、今日の事を日記に書くとしたら、ほぼコイツのことだな」
と呟いた。
だって、そこにアイツはまたいたのだ。
今日、初めて会ったのに、アイツの後姿だともうわかってしまう。
学校の玄関から空を見上げ、雨宿りをしている。
奏がそこにいた。
「かーなで、くん!待った?」
奏はビクッとして、振り向くが
「あっ、何だ、響か。驚かせるなよ、ばか…」
と俺の顔を見てホッとした顔をする。
うーん、たしかにこんな巨体が背後立っていたらある意味ホラーだよな。
可愛く声をかけても無駄なことがわかったし、俺にもし彼女ができたら気をつけよう。
「というか、何だ?かーなでくん。って。やっぱりさっきの転倒でどっか頭を打って、おかしくなったのか?」
「おぉ、爽やかフェイスで意外と毒吐くな、君。いや、寂しそうな背中をして雨宿りをしていた奏くんに、せめて『彼女と待ち合わせしていた時の彼氏』というシュチュエーションをプレゼントしようと思ってな」
それを聞いて、奏はぷっ。と笑う。
「何だよ、それ?馬鹿じゃないの?響」
良かった。コイツ、元気そうだな。
あのな、奏。お前、わかっているのかわからないけど、
雨の中待つ、お前の後ろ姿、凄く寂しそうな背中していたぞ…
まぁ、俺も雨の日は…あんまり良い思い出まで無いから、きっとシンパシー感じたのかもな。
奏の横で空を見上げる。
灰色の雲から落ちる雨粒は凄い勢いで降っており、この短時間でグラウンドにいくつか水溜りができ始めていた。
奏はそれをじっー。と見ていた。
「…傘、忘れたのか?」
それを聞いて奏は無言で頷く。
そして、視線はそのままで少し困った顔をして、俺の質問に答えた。
「まさか、ここまで、酷い雨が降るとは思わなくてな。全く転校初日からツイていないよな、俺」
「…」
うーん。気の利いた言葉が思いつかない。
俺もどちらかというと運は底辺を滑空しているタイプだから、奏の事は言えないが、さすがに転校初日からびしょびしょになるやつに明日は良い事あるよ!なんて無責任なことを言うのは何となく嫌だった。
そう、俺は嫌だったのだ。
無責任な事を言ってその場を流す事も、せっかく転校してきてくれたコイツの初日をこんな結末で終えてしまう事も。
だから、俺は
バサッ!
「奏」
「ん?何だ、響?」
「相合傘しようぜ!」
こうやって笑って馬鹿な事を言って、コイツを励ましてやりたかった。
※※
「…その、悪いな、響。というか、お前、肩濡れて無い?って、うわっ!お前、足元すげーびしょびしょじゃん」
「奏くん。足元のびしょびしょは僕が雨の日に毎回受ける試練のようなもの。時たま乗り越えられる時もあるが、今日の雨の強さでは敗北は必須さ。だから、君は気にせず、僕との相合傘を楽しんでくれ」
「ははっ、何だよ、それ。響、お前、良いやつなのに、やっぱりなんかツイてないな」
グフッ!この爽やかイケメン。俺が目を背けている事実をこんな良い笑顔で指摘しやがって。
でもま、なんやかんやで一緒に帰ってくれて良かったわ。
だってコイツなかなか折れないんだもん。
※※
実を言うと、学校の玄関で奏は最初、俺との相合傘を拒否した。
俺はえっ?まさか初日から嫌われているまたは怖がられている?といきなり善意が失意に切り替わる手前だったが、コイツが断った理由は
「そんな、響が濡れるだろ…。俺は良いよ。なんとか頑張るから」
だった。
どうやらコイツは底無しの良いヤツにして、生き方がとてつもなく下手らしい。
「はぁ…」
と本日何度目かわからない溜息をついて
パシッ!
「えっ?響」
奏に傘を渡して、学校の玄関を飛び出し、雨に当たっていった。
ザーッ
「うわわわわっ!誰かさんが俺の傘を持っているから、俺に冷たい雨が降り注いでくる!誰か、俺に傘をおくれー」
と響くんの優しさを受けて、泣いて喜び、俺に相合傘を申し込む奏を想像しながら、アイツの方を向くが
べっしゃり…
…この、クソ前髪。邪魔だよ!奏の顔が見えないだろ!
前髪がビシャビシャになって、奏の姿がまったく見えなかった。
だー、クソ。カッコつけたのにこれじゃ意味が…
スッ
あれ?
俺に降り注いでいた無慈悲な冷雨が、何かに遮られ当たらなくなる。
そして、
びしゃ…
濡れた前髪が暖かい何かにあげられる。
目に映ったのは、背伸びして困った顔しながらも微笑む奏だった。
俺の前髪はまたしても奏の綺麗な手によって持ち上げられていた。
「…ばか」
うっ、何も言い返せない。
カッコつけるつもりが、何か奏の一言に助けられているぞ、俺。ダサすぎる…
しかし、そんなダサさ200%の俺に対して奏は
「あー、もう、俺の負け!響!ありがとう!一緒に帰ろ!」
と言ってはにかんで笑った。
「おう!」
俺も奏に倣って笑顔を返した。
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