橙色の教室の中で…:1~彼の場合~

 夕方、誰もいない学校の階段と廊下をとぼとぼと歩く。

 夕暮れのオレンジ色が校舎の中を染めて、何とも言えないノスタルジックな世界を作り上げていた。

 この世界に自分一人の様な気分になるこの感じ…俺は嫌いではない。

 でも、今は


「あー、確かにちょっと雲出てきたな。雨降られると面倒臭くて嫌だな…」


 自分がびしょびしょになるのはまっぴらごめんなので、雰囲気も味わう事もせずせかせかと歩いて教室に向かっていった。




 ガラッ


「失礼しまーす!中に誰もいませー、ってあれ?」


 無遠慮に教室の扉を開けた俺は、誰もいないはずの教室に


 そいつがいた事に驚いた。


 教室の大きなカーテンが風でなびく。

 夕暮れの橙色が規則正しく並んだ教室の学習机を同じ色に染め上げて、映画のワンシーンのような世界になった、この場所にこいつはいたのだ。


 今日、この学校にやってきた転校生。


 星空奏が俺のとなりの席で、寝ていた。



「コイツ、何やってんの?」


 俺はこんなクソ寒い中で机に突っ伏して寝ている美男子を眺める。


 すぅすぅ…


 …熟睡だ。このまま寝続けていれば、コイツ間違えなく風邪引くだろ。


「おーい。奏くーん、起きなさーい。このまま寝ていると、君、冬眠しちゃうよー。おじさんしんぱーい」


 奏を起こそうととりあえず声をかけるが


 すぅすぅ…くぅくぅ…


 …コイツ、意外と神経図太いのな。全く起きる気配がしねぇ。

 寝ている奏の顔を改めてマジマジと観察する。


 しっかし、ほんと綺麗な顔だよな、コイツ。

 長いまつ毛、綺麗な形の眉、サラサラの髪、バランスの良い所に配置されている目、鼻、口。あっ、こいつちょっとよだれ垂らしている。これは減点対象…いや、可愛らしさで加点なのか?

 と、奏フェイスの感想を事細かに並べていると


 ヒュウゥゥゥゥ

「寒っ!」


 開いた窓から吹き込んだ冷気が俺と


「んっ…ううん」

 奏にダメージを与えた。

 おい、最後のやつ窓閉めて帰れよ。って、そいつは今、熟睡しているのか…

 俺は上着のボタンを外し、


 バサッ

 

 眠っている奏の肩にかけてやった。


「放課後のプリント運びの礼な」


 そう呟いて、窓を閉める作業に回った。




「おっ、あった、あった」


 窓閉め、黒板清掃など教室のお片付けを一通り終え、鞄の中から、日用品買い出しリストが書いてあるメモを発見する。

 うーん、雨降ってきそうだし、とっと買いに行きたいのだが…


 俺は視線を横に移し、


 すぅすぅ…んん、むにゃ


 全く起きる気配の無い、転校生を眺めながら頬杖をついた。

 心なしかこいつさっきよりも幸せそうじゃね?


 もういっそ、このまま寝かせてあげた方が幸せなのでは?と思ったが


 ヒュウゥゥゥ

「へくちっ!ふぇ…」


 上着をとっとと返して欲しかったのと、となりの席に座っていた奴が俺のせいで凍死してしまうのも、寝覚めが悪いので


「おい、奏ー。起きろー!ほんとに死んじゃうぞー!?」


 ユサユサ…


 奏の肩を揺すって無理矢理起こそうとする。


「うぅ、うぅん?」


 おっ、起きた…。ぷっ。こいつ、ほっぺに寝跡ついているじゃん。

 こうなるとイケメンも、ただのお子ちゃまだな…


 奏に悪いと思いつつも、美男子の可愛い一面を見て、クックック…と笑ってしまう。

 当の本人はまだ半分、夢の中なのか、羽織っている上着が肩から少しずり落ちて、目はホワンとして焦点が定まっておらず、髪もぴょんと寝癖がついていた。


「あれ…?ここ…?」


「おぅ、目ぇ覚めた?おやすみのところ悪いけど、もう閉店だよ。お客さん。君、これ以上長居すると寒くて死んじゃうからね?」


「あぇ?ひ、びき?」


 コイツ、まだ寝てんのか?

 しっかし、何というか美少年の寝起きってこんなに色っぽいものなの?

 しかも、コイツから雛みたいな陽の光をたくさん浴びました!って感じのホカホカした匂いするし…


 奏は目をコシコシやって、俺の顔をぼぅ。とみた後、ポヤンとしたその目は徐々に俺の顔にピントが合っていき


「えっ!?あっ、響!?嘘、わた…俺、こんなところで寝ていたの!?」


「おぅ、このクソ寒い中、びっくりするくらい熟睡していたぞ。おまけによだれまで垂らしてな」


 俺の意地悪発言に奏はかぁ…と顔を赤くして、ポケットからハンカチを出して慌てて口からでた粗相を処理する。


「んな、焦る事でもないだろ。よだれくらい。授業中、居眠りする男子はだいたい垂らしているぞ。酷い奴は鼻水とセットだ!」


「そういう問題じゃないだろ!って、うわっ、もうこんな時間。あぁー、今日中に片付けたい事、たくさんあったのに。響、すまん、そしてありがとう。このお礼はいつか必ず…」


「あっ、おい寝起きで慌てて立つなよ。危な…」


 俺が一言言い終える前に


 ガタッ!

「えっ!?あっ!」

「奏!」


 足をもつらせた奏を庇おうと前に出るが


 ズルッ

「うわっ!」


 運悪くそのまま俺も滑ってしまい、そのまま二人もつれるかたちで


 バタンッ!


 二人仲良く床に倒れてしまった。

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