女神さまのお恵みは、缶コーヒー

「いやー、楽しかった。やっぱりこの写真、最高だよな。欲を言うともう二、三種類欲しかったかな?」


 律様は大変ご機嫌なご様子で先程より声が明るく、とても楽しそうでございました。

 心なしかお肌もツヤツヤしております。


 一方、芋虫の様な姿で心身共に散々嬲られた、わたくしめは…


「シクシクシクシク…」


 もうこの世界で信じるべきものが分からず、薄暗い防音室の隅でその巨大な体を縮めて涙を流しておりました。

 神様、やはり努力とは報われぬものなのでしょうか?


「おい、そんな所で泣くな、鬱陶しい…。これから響にはこのプリントの山を私と一緒に運ぶという有難い作業があるのだから、さっさと立て!」


 ゲシゲシ!


「あぁん、酷い!!」


 てか、この人、教師だよね!?泣いている生徒に蹴りくれたよ?しかも、二回も!

 まぁ、綺麗なおみあし+黒タイツでの蹴りなので、ご褒美みたいなものだから許すけどね!!


「ほら、行くぞ?そろそろ雨も降ってくる。お前も制服、びしょびしょにしたく無いだろ?一人暮らしだと、洗濯も面倒じゃないか?」


「うえっ!?マジすか?そりゃ、面倒だな…。うぅ、仕方ない。ここ暖かいからあんまり出たく無いけど、行きますか…」


 そう言って俺はプリントの山をひょいと持つ。

 もちろん俺はジェントルメンだから、量が多い方だ。


「おぅ、サンキュ」


「いえいえ、いつも付き合ってもらっているのでこれくらいは当然ですよ」


「…お前、いつもそんな素直なら、女の子にもモテそうなものなんだけどな。はぁ」


「そう言って頂けるなら、律先生が俺の彼女になって下さいよ。俺、年上オーケーですよ?」


「はっ、ラブコメの世界じゃあるまいし…。そんな事したら、私はお縄だ。ほら、行くぞ」


 そう言って律先生は防音室の扉を開いて、スタスタと歩いて行った。俺は慌ててその後を追いかけた。





 ドサッ


「ふうっ、終了」


「うぃ、サンキュ」


 何度来ても思うが職員室から音楽室までの道のり遠いよな…。

 まぁ、俺は律先生をつきあわせている身だし、先生が不満を言わないのに俺が文句を言うのもおかしなはな―


「というか、音楽室をあんな位置に設計しようとか言った奴、マジムカつくな。ここから、クソ遠いし…。そいつ、鰐にでも喰われないかな…。なぁ、響?」


「…」


「ん、どうした?何となくムカつく顔をしているぞ。お前」


「いえ、思った事を素直に言う、あなたにレッスンをお願いした事を、今後、俺の誇りにしようと思いまして」


 ほんと清々しいくらい正直無い方ですよ。あなた!

 なんで生徒と保護者に好かれているのか不思議なくらいです!


「?よくわからんが、褒めてくれているっぽいから制裁は無しだ。ほら、さっさと帰りな。飯用意する時間とかも必要だろ、お前」


「うい!それでは」


 先生に頭を下げて、職員室の扉を開ける。

 廊下は静まり返っており、さすがにこの時間になると熱心な部活生以外は帰宅しているみたいだ。

 さて、今日は何食おうかな?

 あっ、そう言えば日用雑貨で足りないものがあるから、メモしておいた紙が…


「あっ…」


 そこまで考えて、思い出す。今、鞄を持っていない事を。

 奏を尋問から逃す時、自分の鞄を持ってくるのを忘れたのだ。


「うわー、教室まで取りに行かないといけないじゃん…。めんどくせー。はぁ」


 と誰もいない廊下で嘆いていると


「響!」


 後ろから声をかけられ、その声の方を振り向くと


 黒い缶コーヒーが宙を舞って俺の元に飛んできていた。


「うわっ、と」


 慌ててそれをキャッチする。

 缶コーヒーが飛んできた方を見ると、片手に同じ缶コーヒーを持った律先生が壁に背中を預けて、笑っていた。


「プリント、サンキュな。今日は私が奢ってやるよ」


 急に律先生が優しくなったので、少し不安になり、缶コーヒーのラベルを確認し、ふっ。と笑う


「先生、これ賞味期限ギリギリじゃ無いですか。押し付けましたね?」


「お前なぁ。気がつかなければ美人の先生からありがたいお恵みを貰ったって事で二人とも幸せになれたのに…」


 先生は失笑する。その笑顔に倣って笑う。


「まぁ、確かに。ありがたいお恵な事には変わりないですね。じゃあ、今回は頂きます。次回は俺が奢りますね」


 そう言って教室に向かおうとすると


「響」


 律先生に呼び止められ、振り返る。

 先生は腕を組んで、いつもの様に悪戯っぽく、でも少しだけ優しく笑い



「さっき言っていた、誰かさんがお前の彼女になるって話…。そうだな、お前が今より良い男になって、この学校を巣立っていったら、考えてやるよ」



 それを聞いて、一気に顔が熱くなる。

 いつもなら、ふざけて返すのだが、その先生の笑顔があまりにもカッコよくて綺麗だったので、俺は自信満々の笑顔で


「えぇ、なってみせますよ、先生が惚れてしまうくらいにね!」


 とちょっとだけ自分に背伸びをして、

 言葉を返してしまった。

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