亡霊は雨降る日に美女となる

『透き通る様な高音』


 それが、神様が俺に与えてくれた『恩恵ギフト』だった。


 何でも律先生曰く


「お前くらいの歳になってくると、声変わり等の影響で普通はそんな声でない」


 らしい。でも、なぜか俺はそれが出るのだ。

 普段は低い声のくせにな…。


 この才能に気づいた、いや、気づかされたのはある女の子の一言だった。


「ひーちゃんの声、女の人みたい。高くて綺麗な声だね!」


 この一言だ。

 この一言で俺は馬鹿みたいに、歌というものにのめり込んだ。

 毎日、毎日、毎日、その子と音楽の事を考えてきた。

 あの時のワクワクするような感情は今でも覚えている。


 が、結局、その子とは色々あって離れてしまい、今はこうして学校のちょっと薄暗い防音室で、この美人の先生とコソコソ練習しているのだ!完!


 …回想を急に止めた理由は、今、目の前で険しい顔をしながらさっきの俺の歌を何度も聞き直している、律様のご意見を聞かねばならないからだ。

 冗談抜きで聞き漏らしでも、したらどんな目に合うか…


「響…」


「はい!」


 軍人もビックリなくらい良い返事をして、律様の目をみる。

 うう、顔綺麗だけど、こえー。その射殺す様な目をマジでやめて…


「はぁ。やっぱり、ここだ。ここのパートだけ発声が弱くなる」


 律先生が差し出したワイヤレスイヤホンを受け取り、耳に着ける。

 デフォルトの俺なら『うへへ。律先生と間接イヤホンだ…』と、バカな事を考えるが、


「あっ、本当だ。また、同じところでしくじっていますね。俺」


 確かに律先生の言う通り、その部分だけ俺の声が小さく聞こえる。

 これは前回のレッスンでも指摘された場所だ。

 あっれー、おかしいな…。意識していたつもりなんだが。


「うーん。このワンパートの練習だと、問題は無いのだが…。響、お前最近、基礎体力のトレーニング。サボって無いか?」


 ギクッ!


 うっ、実を言うとここ最近、寒くて、ランニングサボってました…。

 だって、仕方ないじゃん!朝とか氷張るレベルの寒さなのよ?

 コタツでぬくぬくしていたいじゃん!


 と言い訳したかったが、全てを見抜く様な律先生の目を前にして、そんな事言える訳も無く


「…ごめんなさい」


 悪いことした子供の様に素直に謝った。

 律先生は小さく溜息をついて、


「まぁ、この街、この季節は殺意が芽生えるほど寒くなるからな。サボりたくなる理由もわからんでも無いが。一応、基礎体力も歌う為には必要だからな?」


「はい」


 律先生は俺に軽ーく釘を刺す。しかし、無理強いはしなかった。

 だって、これは律先生とのドキドキ秘密のレッスンではあるものの、俺のやっている事は授業でも、部活動でも何でも無いのだ。


 俺のこれは、あくまでただの『趣味』

 律先生は時間をかけてまで、俺のこの趣味に付き合ってくれているのだ。



※※



「うし、終了」


 先程のレッスンで収録した音源に、タイトルと日付をつけて小型のノートパソコンに保存した。

 律先生に視線を移すと、赤ペンを巧み操り、もの凄いスピードでプリントに赤丸とバッテンをつけており、プリントの山は右から左に積み上げられていた。


「先生、いつもありがとうございます」


「ん?何だよ、急に礼なんて気持ちが悪いな。お礼なんて良いから、暖かいコーヒー買ってきてくれ。ブラックでな」


 …当たり前の様に生徒をパシらせる、この人の度胸はほんと見事なものである。

 まぁ、時間を割いてレッスンしてくれた事は事実だから、コーヒーぐらい良いか。


「そう言えば、今月は『雨の日』少ないな?お前、新曲アップするチャンス無いんじゃないの?」


「えっ?あぁ、別に良いですよ。新曲も今の曲ももう少し編集してから、アップしたいし。それに、そろそろ試験もあるじゃないですか」


「ふーん。変なとこ真面目だよな、響。試験なんて一夜漬けで良いだろ。あんなもん自分の人生にあんまり関係無いぞ?金稼げないし」


 …とても、教師とは思えない言動だな。

 まぁ、世話になっているから、嵐山みたいにチクろうとは全く思わんのだが。


「いや、一応試験でそこそこの成績を取らないとこの学校にいられなくなるでしょう?先生も知っていますよね?この学校の学園長が怖い事」


「んー?私は生徒にも慕われているし、提出物遅れた事無いし、授業もわかりやすいって保護者から評判だし、お前みたいに一生懸命に頑張る必要があんまり無いな…」


 …神様。さっき、俺はこの声以外の『才能』はいらないとか言っていたけど


 やっぱり、欲しいです!

 どうすれば律先生みたいにチート人生を歩めますか!?


「でも、ま」


「?」


 先生は採点する手を止めて、俺を苛める時とはまた別の楽しそうな顔をし、


「アップするなら、一言報告しろよ?一応これでもお前の声のファンなんだ。チェックぐらいは手伝ってやるよ」


 と笑顔で言った。

 俺はその顔にドキドキしてしまい、


 コクン…


 と無言で頭を下げるしかなかった。




「んー、終わった。ほんと、この学校の生徒、人数多いから採点するのも一苦労だ…」


「へへ、お疲れ様です、姉御。あっち、一走り行って、ホットのブラックコーヒー買ってきやすぜ!」


「…何キャラだ、お前?まぁ、良いや。好意はありがたく受け取っておく。よろしく」


「ういー。じゃあ、行ってきます」


 制服の上着を着る。

 すると、習慣なのか、カクンと首が下がり、またいつもの猫背になった。

 それを見た律先生は深い溜息をつく。


「はぁ。お前、もう永遠に上着着るなよ…。何で、また猫背に戻るんだ」


「う…、何というか癖になってしまっていて」


 というか、この季節に上着着るなって、遠回しに凍死しろ。と言っている様なものだよ?

 流石に美人な律様のお願いでも、命は賭けられないよ?


 頭を抱える律様を見ないフリして、防音室の扉を開けようとすると


「全く、こんな奴がこんなするんだから、世も末だよな…」


 という律先生の言葉を聞いて、ぐるん!と振り返る。

 先生はサディスティックな笑顔でスマホを片手にプラプラして、画面をこちらに見せていた。


 そこに写っていたのは―



「って、何でまだそんな写真があるんだ!」



 俺は勢い良く律先生からスマホを奪おうとするが、


「おっと…」


 ヒラリと躱され


 ガツン!


「二回目!」


 机に激突する。

 しかし、諦めない男、雨晴響。ここで挫けるわけには


「そこまでだ」


 ピタッ


 俺の喉元に教鞭が突きつけられる。

 てか、この人、教鞭の操り方上手くない?何かそれに関する夜のしご―


 ベチン!


「ホワイ2!!」


「いや、何かもの凄く失礼な事を考えている顔をしていたから、つい…な」


 …マジでこの人、読心術とか取得しているのでは?


「ほんと、不思議だよな?響。お前が動画投稿サイト『YBワイビー』でじわじわ知名度上げつつある、期待のネット歌手『Rain Wraithレインレイス』のボーカルだなんて、誰も考えないよな?だって、お前―」


 そう。俺は『Rain Wraith』のボーカル『haluハル』という人物を知っている。

 というより、知っていて当然なのだ。


 なぜなら、それは俺。

 『Rain Wraith』のボーカル『halu』とはこの俺、『雨晴響。17歳』のネット上での姿なのだ。


 では、なぜ、俺はこんなに焦って律先生のスマホを奪い取ろうとしたのか?


 それは先生のスマホに写っている人物は『男性』ではなかったからだ。

 そう。そこに写っているのは―


「こんな長身の『美女』に変身できるからな」


 女装した俺だった…

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