神様の気まぐれなギフトは人生の支えになる

「先生、痛い…」


「変な声を出すな、気色が悪い。ほら、またここに力が入ってないぞ…」


 バシンッ!


「痛ッ!」


 律先生の教鞭が振るわれ、脇腹に痛みが走る。

 さすがは律先生。薄着の俺に対しても全く遠慮が無い。


「…全く、どうしてお前はこんなに悪い癖があるんだ?それとも、あれか?」


 バシンッ


「ッ!」


「私の躾が甘いのかな?」


 防音室は比較的、他の教室より暖かいとは言え、薄着な上に冬の寒さで徐々に肌が冷たくなっていき、教鞭の一撃がどんどん重たくなっていく。

 というか、蚯蚓腫れにならないかな、コレ…。

 そして、律先生、心なしか俺をいたぶる事楽しんでないか?


 ギチッ


「ぐぁ…」


「ほら、ぼうっとするな。シャッキとしろ」


 律様が俺の上半身に装着されているベルトを引く。

 これがまた、肌にベルトが食い込んで本当に痛い。引っ張られた痛みで言葉にならない悲鳴を上げてしまうほどだ。


「先生、はぁ…、俺も、もう、限界です」


 情けない声をあげる俺に律先生は溜息をつき


「ちっ、情けない奴。というか響、お前…」


 バシン!


 律様は防音室にある机を教鞭で思いっきり叩き、そして、俺に向かって吠えた。



「いったいいつになったら、その情けないが治るんだよ!!」


「わー、すいませーん!!」




「おー、いたたた…。あぁ、脇腹やっぱり腫れている。先生、これ虐待ですよ、虐待!PT〇的なものに見つかったらヤバイやつですよ!」


「へー、響。良い度胸だな。なら、私は今から上着をはだけさせて、泣きながら『響に襲われた!』って叫んで―」


「すいません。嘘です、許して下さい!!」


 ホテルマンもびっくりするぐらい美しい角度のお辞儀をして、律様に許しを請う。

 この人ならマジでそれをやりかねん!俺のお辞儀で何とかなるなら、全力で阻止だ!!

 律先生は面倒くさそうに溜息をつき、俺に小言を言う。


「冗談抜きで響。その猫背治らないとお前の才能伸びないぞ?せっかく私が高い金払って『猫背強制治療ねこぜきょうせいちりょうベルト』買ってやったのに…、って、うわっ。これもう、ベルトやられているじゃないか!?お前、どんだけ強力な猫背なんだ!」


「えっ、だってあまりにも痛いから、思いっきり俺の肩と背中と腰の筋肉使って引いたら、何かブチって音がして、そのままゆるゆるに…」


「お前。私の贈り物、破壊したのか…」


 ズモモモモモ…


 はわわわわ…。完全に失言だった。

 律先生の背後から、殺意の波動が漏れ出している。

 これはヤバい。すぐに弁解せねば、俺は蚯蚓腫れどころか全治何か月クラスの怪我に…


「はぁ…」


 律先生の殺撃を身構えていたが、先生は溜息だけついて、壊れた(というか、俺が壊した)ベルトを床にポイッと捨てた。

 そして、俺の前に仁王立ちし


「まぁ、良い。今のところはお前の才能に影響していないから、目を瞑ろう。ほら、練習するんだろ?合わせてやるから、ちゃんとしろ!」


「…はい!」


 その言葉を聞いて、背筋を伸ばして、綺麗な姿勢を作る。

 何となくだが、本当はこの姿勢の方が気分が良いのだ。

 皆に怖がられるからやらないだけで…


「よし。じゃあ、まずは…」



「軽く一曲、歌ってみろ」




 時々、なんで自分がこんな『才能』を貰ったのか疑問を抱く時がある。


 俺は神様からカッコイイ顔も、天才的な頭脳も、スポーツ万能な運動能力も頂かなかった。

 もし、神様から今言ったような『才能』を貰えば、俺の人生はもっと煌びやかな道を歩けたかもしれない。


 でも、不思議とその道を歩けなかった事に後悔は無かった。


 だって、俺はたった一つだけ。神様から貴重な『恩恵ギフト』を頂いたから…。


 これがあったから、得られたものもあった。

 これがあったから、どんな辛い時でも頑張ってこれた。

 これがあったから、明日もこうやって生きていけると思った。


 だから、これを貰えた時点で、他の事は努力して得ないと駄目だと思った。

 この『恩恵』はそう思わせるほど、俺にとって大切なものだったのだ。


「ふぅ…」


 一曲歌い終わり、一息つき呼吸を落ち着かせる。


「ほれ」


 律先生が俺の前に水が入ったペットボトルを差し出す。


「…ども」


 軽く頭を下げてそれを受け取り、蓋を開けて、喉を潤した。

 律先生に先程の鬼のオーラは無く、どこか満足そう微笑むその顔は聖母のような優しさがあった。

 ホント、いつもこうなら凄く綺麗なのに…。


 喉が潤し終えた後、恐る恐る律先生に質問してみた。


「えっと…、どうすか?」


 律先生はふっ。と笑い、俺の問いに答えた。


「あぁ、いつも通りさ」



「聞いていて、心地良い位の『高音』だったよ」

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