女王様は時にきまぐれで、僕を赦す
「あー終わった…」
散らばったプリントを回収し、元の山に戻し、うーん。と伸びをする。
そして、音楽室の奥にある扉を見る。
ゴゴゴゴゴ…
『あー、やっぱり怒ってらっしゃいますよね…』
姿は見えないが、扉から溢れる殺気は凄まじいものがあった。
だって、仕方ないじゃん。プリント多すぎなんだもん!
小さく溜息をついた後、遅れたことをなんて詫びようか考えながら扉の前に立つ。
ズモモモモ…
『うぁ!!凄まじい殺気!景色が歪んで見える』
俺の中の可愛い響天使ちゃん、響悪魔くんが二人とも
「「もう帰ろう!!」」
と泣きながら訴えてきた。
そりゃ、帰れるなら俺も帰りたいよ。
しかし、ここで逃走すればもっと酷い目に合うのは明白。気合を入れて扉を開いた。
後ろで天使ちゃんと悪魔くんが青い顔をしていたのが、余計に不安にさせてくれたが…
キィィィィィ…
「し、失礼しまーす」
扉をゆーっくり開けて、中を覗く。
しかし、そこに律先生の姿は無く、目に映ったのは規則正しい黒点が並んだ防音室の壁だった。
『あれー、おかしいな?あんな殺気、律先生しか放てないはずなのに…』
片足だけ、室内に入れる。よし、何もない。
次は左手。うん。これもくっついている。
良しならば、えいっ。と俺の体は防音室の内部に収まる。
そして、扉をゆっくり閉め、辺りを見廻す。
しかし、律先生の姿は見えない。
『あれー、おかしいぞ?律先生、防音室の先の準備室は、埃臭いから嫌いと言って絶対入らないはずなのに…』
そして、気づいてしまった。
防音室の扉が完全に閉まった時、その部屋の硝子に映った、
身も凍るような鬼の形相をした女性を…
「律様、すいまっ―」
スパーン
謝罪の言葉を言い切る前に律様が、俺の頭上に再び丸めた教科書で一撃を喰らわせてきた。
「ギャン!!」
そのまま、床にうつ伏せで倒れ込み、防音室の床を危うく舐めるところであった。
しかし、諦めの悪い俺は再び、律様に謝罪をさせて頂こうと顔を上げようとするが
「う ご く な」
地獄の門番かよ!と思うくらい低い殺意を帯びた声と共に、俺の頭のつむじくんに平たい何かが当てられる。
形は見えないが、とりあえず喰らったら
「お前がこのまま顔を上げると、私のショーツが見えるんだ。万が一でもそれがお前の視野に入ったらどうなるか…。言っている意味、わかるよな?」
うわー、顔をあげて見たーい。
でも、律先生の楽しそうだけど殺意が籠った声が本当に怖ーい。
何とか彼女からお許しを頂こうと、土下寝した状態のまま、弁明の言葉を述べた。
「あのー、律様。この姿勢のままで結構でございますので、わたくしめに弁明のチャンスを頂けないでしょうか…」
「うむ。聞こう」
「まずですね、律様が持ってこいと言ったプリント。あれ、量多くありませんか?」
「ふむ。つまり、お前が遅れたのは私のお願いのせいだ。と、そう言いたいのか」
グリグリ…
ぎゃー!止めて!何か良く分かんないアイテムで俺のつむじくんをグリグリしないで!
ハゲちゃう!つむじからハゲちゃうから!
言葉を選んで再び、律様に弁明チャレンジを試みる。
「も、もう一つございまして!」
「うむ。聞こう」
「実はその。今日来た転校生、『奏』に各階にある学校施設の案内を軽くしていたら、そのちょっと夢中になってしまって」
「…」
「遅れてしまいました」
これは実を言うと本当だ…。
俺は簡単に、ではあるが、職員室のある一階からこの階にはどんな教室があるのか、何年生のフロアなのかなどを奏に教えていた。
ただ、奏が子犬みたいに、ふんふんと目をキラキラさせながら俺の話を聞いてくれるもんだから、ついつい教えるのが楽しくなって、到着が遅くなってしまった。
「…」
何も言わない律様が余計怖かった。
うわー、しくったか、俺?
もうダメだ。俺はこれからつむじくんを虐め尽くされ、若ハゲになって、『落ち武者』とかいうあだ名がついてただでさえ暗い高校生活が更に暗黒に…
「はぁ…。そういうことなら、しかたないな」
「えっ?」
律様からまさかのお許しのお言葉を聞けて、閉じていた目をパッと開いた。
…あ、いけね。ここまだ床だったわ。ばっちい。
「他人に無干渉な響が珍しくそんな善行を積んできたんだ。教師として、それくらいは許す度量はあるさ」
「ありがとうございます」
土下寝の姿勢のまま律先生にお礼を言う。
心の片隅ではもっと早く許してくれていれば、本当に素敵な女性なのに…と思ったが、
これ以上は冷たい床で寝そべれないので、黙っていた。
「うし。じゃあ、おふざけもここまでにして…、さっそく、始めるか」
ガバッ
「はい!よろし―」
「顔上げんなって言ったろ?」
バチーン
「あぁん!!」
ガツン!
「いでぇ!」
どさくさに紛れて、律様のエデンを覗こうとした俺のチャレンジはそのおみあしすら拝む前に、横から来た何かにひっぱたかれ、防音室の机に俺の頭は激突する。
「貴様の浅はかな考えなど、お見通しだ。それより、ちゃんと言う通りにしてきたか?」
その言葉を聞いて、ビクッとなる。
そう。俺は今朝からここにいる律様のご命令であるものを着て、登校しなければならかったのだ。
「…ちゃんと着てきましたよ。恥ずかしかったけど」
「ふふ。そうか…」
律先生がニヤリと笑って俺を見る。
その目は獲物を前にした蛇、奴隷を眺めるご主人様、とにかく加虐心の塊の様な眼だった。
律先生は右手に持った細長い棒のようなもので俺の頬をそっとなぞる。
それは高そうな皮でできた『教鞭』だった。
どうりで痛いわけだよ…。てか、何でこの人こんなものを持っているの?
「よし。じゃあ具合を確かめてやる。響」
「…はい」
律様は教鞭を左手でパシンと受け止め、俺を、まるでゴミを見るような目で見つめて一言告げた。
「脱げ」
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