乙女のトキメキとはこんな感情なのか?

「おっ、見えたぞ。あれが音楽室…、って、大丈夫か。響?お前、この短時間で何か老け込んだ気がするけど…」


「あぁ、生きているよ…」


 先程の奏のメガトン級のパンチを受けて、俺の外見は一気に老け込んでしまったらしい…。

 そう言えば、心なしか足取りも重たい気がする。


 そんな俺を見て、奏は呆れたように溜息をつき、


「シャッキとしろよ、響。お前、背筋伸ばして、髪上げれば…」



「結構、カッコイイ顔しているぜ?」



 その言葉を聞いて、思わず、はぁ?と言ってしまう。


「お前なぁ。気を使ってくれるのはありがたいが、時に優しい嘘は人の心を傷つけるんだぞ?」


 と口答えすると、奏は怪訝そうな顔をして


「えっ?いや、俺は本気でそう思うけど…」


 と返してきた。その目はマジだった。

 コイツ、マジか?と思いつつも、律様をお待たせしすぎている事に気がつき、


「はぁ…。馬鹿な事言ってないで、さっさと音楽室行くぞ」


 と歩くスピードを早めていった。




 ガラッ


「律先生。お待たせー。遅れたのはこの学校が音楽室をこんな遠くに―、って、アレ?」


 音楽室に律様はおらず、目に映ったのは、

 きちんと手入れされた年代物のピアノ。

 風に棚引く、音楽室のカーテン。

 明らかに音楽室には人が存在する気配は無かった。


『ふむ。ここにいないという事は、やっぱり、あそこか…』


 チラリと視線を移し、音楽室の奥にある扉を見る。

 あの扉の先は準備室と防音室が一緒になっている場所だ。

 恐らく律先生はあそこにいる。そして、


 俺の用事があるのも、あの部屋だ。


 近くの机にプリントの山をドカッと置き、そして、奏の持っていたプリントの山もひょいっと預かる。


「響?」


「サンキュー。手伝ってくれて。でも、律先生はこの先の準備室だ。あとは俺が渡して置くから、大丈夫だ」


「えっ?でも…」


「良いから。お前、転校してきたばっかりって事は、まだまだ買うモノとか足りないモノ山ほどあるだろ?早く帰って、それ揃えちゃえよ!」


 と気の利いた台詞を言ってニカッと良い笑顔を作る。

 奏はそれを見て安心したのか、クスッと笑い


「じゃあ、お言葉に甘えるわ!」


 と言って、女の子が一目ぼれするような笑顔を作った。

 ホント、イケメンの笑顔って反則技だよな…




 プリントの山を机の上に置いて、さてさて、コイツをどうするか…と考えていると、


「響」


「んぁ?なんだ」


 急に奏に呼ばれ、振り向くと


「よっ!」


「えっ、おい。奏!?」


 奏は俺の目の前で背伸びをして、片手で前髪を上げた。


 ゴアッ


 バラバラ…


 その時、強い風が吹いて、せっかく積んだプリントの山を散らかしていったが、俺はそんなことよりも目の前にいるイケメンの不可解な行動に焦っていた。


 奏は俺の顔をマジマジと見て、ふふっ。と悪戯っぽく笑い



「ほーら、俺の予想通り。やっぱりお前、カッコイイよ・・・・・・



 と一言告げた。

 その言葉を聞いて、顔が一気に熱くなった。


 いや、というか、マジで何だ、コイツ…。

 こういう事って普通、地味で可愛い女子にやらない?

 何で俺みたいな『亡霊』にこんな事をしているの?


 しかも、俺を見つめる奏の目は硝子玉みたいに透き通っているし

 何か、額にある手は柔らかいし、

 というより、コイツ、なんでこんな石鹸みたいな良い香りがするんだよ!!


 奏の前から動けなくなり、心臓が早鐘を打ち始めていた。

 色々、限界が近づき俺が口を開きかけたその時


「うん、満足!」


 パッと奏が俺の側から離れた。


 俺の視野にまたうっとおしい前髪が映り込む。

 慌てて、奏に上げられた前髪を直していたが、


「響」


 奏に呼ばれて、前を向く。

 その時、また強い風が吹いて、プリントが宙を舞ったが、その舞った紙達は悔しいくらい奏の笑顔とマッチして、

 一枚の絵の様になっていた。



「お前の頑張り、俺は嫌いじゃないぜ?だからさ、ちょっとやり方変えればきっと花開くよ」


 

 そう言って爽やかに笑い、奏は俺に背を向けて、片手をヒラヒラ振って音楽室から出て行った。




 一人残された俺は、散らばった紙も拾わず、しばらくそこに呆然とつっ立っていた。


 額に触れる。そこには、まだあの奏の柔らかい手の感触が残っているようだった。

 なぜか、それが凄く恥ずかしかった。


「アイツ、ホントに何がしたいんだ…」


 何となくだが、これから、俺の生活はアイツに振り回される。

 そんな気がした。

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