君の優しさは時に残酷

「だー、疲れた」


「おぅ、お疲れさん」


 俺と奏はプリントの山を抱えて、律先生が待つ、音楽室に向かう。

 職員室に行くまでは、せかせかと動いていた奏もここに来て、緊張が解けたようだった。

 まぁ、アイツらの尋問、しつこかったからな…。


「でも、ありがとな」


「んあ、何がだ?」


「とぼけんなよ。響。俺が困っていたから『助け舟』出してくれたんだろ?」


「んなことあるかよ。単純に人手が欲しかっただけだって」


 奏の質問を誤魔化す。ちょっとカッコつけたかったてのもあるが、何というかコイツがあまりにも素直にお礼を言うもんだから、こっ恥ずかしかったのだ。


「ははは…。じゃあ、そういう事にしておくよ」


 もっともコイツはもうすでにわかっていそうな雰囲気だった。

 クソ、可愛く見えるけど、可愛くないヤツ…。


 しかし、気になる。

 コイツ、何で部活入らないんだろ?何でもできそうな顔しているのに…。


 普段は人のパーソナルスペース(俺はPSと呼んでいる)に踏み込まない俺も、興味本位で奏に質問した。


「なぁ、奏」


「ふわぁ…。ん、なんだ?響」


 眠そうだな、コイツ…。まぁ、いいや。


「面倒なら、答えなくて良いけど。お前、何で部活やらないの?運動とか楽器とか得意そうじゃん」


「…」


 奏は黙ってしまう。

 あぁ、ほらみろ。人のPSにずかずかと踏み込んでもロクな事無いんだって。

 全く、俺としたことが大失―


「理由は、二つある」


「えっ」


 奏は真っ直ぐ前を見て、俺の質問に答えた。

 その目は目標が定まっていないフワフワした俺の眼とは違い、力強い決意みたいなものが…、感じられた気がする。


「まず、一個目は俺。一人暮らしなんだ」


「えぇ、マジかよ!高校生で?」


「あぁ。まぁ、理由は色々あるけど、飯とかも自分で用意しないといけない時があるから、さっさと帰りたいんだ」


「へー、大変だな。高校生で一人暮らしとか俺だけかと思っていた」


「えっ、響も一人暮らしなのか!?」


「えっ、まぁ…」


 奏は仲間を見つけて喜ぶワンコ見たいに、人懐っこい笑みを作る。

 そんなに嬉しいことか?


「正確に言うと、アパートというより寮みたいな所に世話になっているのだが、管理人はほぼ自宅に引きこもっているし、男子寮みたいな所だから、女の子も自由に呼べない。そのくせ、飯は出ないから自分で用意しないといけないので、俺は断固として『自分は一人暮らしをしている』と叫んでいる」


 ま!自由に呼べる女の子なんていないから、そこは安心だね!

 あ、いかん、泣きたくなってきた。


「ぷっ、なんだよ、それ。しかも、俺も似たような所に住んでいるから、余計親近感湧いたよ」


 奏はまた楽しそうに笑っていた。

 楽しそうなのは構わんが、手に持っているプリント、少しグラグラしているぞ…


「はぁ、面白かった。ええっと、何だっけ?あぁ、後もう一つの理由は…」


 と言いかけて、奏は俺を見る。

 透き通った綺麗な双眸が俺を射抜く。


「な、なんだよ?」


 奏があまりにもじぃーと俺を見つめるので、ドキマギしてしまう。

 クッソ、何でコイツ、顔こんな整っているんだよ。


 奏の小さな口が開き、出てきた言葉は…


「やっぱり、内緒!」


 ズルッ

「うわっ、危ねッ!」


 奏の答えを聞いて、思いっきりズッコケそうになる。

 あぶねー、マジでこの量のプリント床に散らかして汚しただけで、律様になんて言われるか…


「おい、大丈夫か?」


「あぁ、何とか…、って、半分、君のせいだよ、コレ!?」


 そういって抗議する俺に奏はニカッと笑って、


「いつか機会があったらちゃんと言うよ」


 そう言って先に歩いていった。





「だー、地味に遠いんだよな、音楽室」


「そうだな、結構歩くな」


 俺と奏は駄弁りながらもトボトボと音楽室に向かうが、なかなか着かない。

 というのも、この学校ただでさえ広いうえに、音楽室は防音の関係とやらで三階の一番遠くの角部屋に配置されている。

 さらに律先生ご注文のプリントは俺の予想よりもはるかに多い量が机の上に山積みにされており、それを崩さずに歩くとなると、余計スピードは落ちる。

 

 まぁ、結果として、奏のフォローがなければ、二往復確定だったから、こいつがいてくれてマジ助かったわ!


「そういえばさ、響。俺もお前に質問良いか?」


「んぁ、何だ?面倒なものでなければ、答えるぞ」


 質問した奏は少しだけ黙っていた。

 なんだ、なんだ?そんなに答え辛い質問なのか?


「…なぁ、なんでお前『亡霊』なんて呼ばれているの?」


 ズルッ

「うわっ、危ね!」


 本日、二度目。

 何だよ、ビビって損した。


「なんだよ、お前。そんなくだらない質問、間を開けずさっさと言えよ」


「なっ、しかたないだろ。どう考えても、その、なんだ、陰口みたいな、あだ名だったし…」


 コイツ。んな事、気にしていたのか。

 当の本人が言われ慣れているんだから気にする必要、皆無だろ…。


「本当に、クソ真面目な奴だな」


「ぐっ、よく言われるから何も返せない」


「だいたい、俺が知っている時点で陰口も悪口でもなんでもないだろ。そんなもん」


「あっ、そう言えば。これは盲点だった」


 奏は、あちゃー。みたいな顔をしていた。

 全くここまで素直だとおじさん、君が誘拐されないか心配だよ。


「まぁ、良いや。さっきの質問のお返しに教えてやるよ」


 そこから、俺は奏に語ってやった。

 俺が『巨大な亡霊』と呼ばれるまでの愛と悲しみの日々の事を…


 いや、あんまりそんな日は無かったか?


 実際、このあだ名のお陰でヤンキーにもあんまり絡まれないし(何かちょっかい出すと呪われるという尾鰭がついて回ったため)、

 奏みたいにしつこい部活動の勧誘も無いし、

 あと、割と役に立ってもくれているし…。


 あれ?むしろ、俺、このあだ名に感謝すべきじゃね?


 とまぁ、余計な事を考えながらも奏に『亡霊』になるまでの経緯を説明してやった。


「うーん、良く分かった。何というか、その…」


「ん、何だ?」


 奏は少しだけ申し訳なさそうに、でも、言わないと気が済まない性分なのか俺に


「お前、頑張ってきたのに、何だか可哀想…」


『グフゥワァ!』


 と最大級の言葉の暴力をぶつけてきた。

 俺のライフは一気に減っていき、0手前で何とか留まったが



「いつか、報われると良いな。その頑張り…」



 その奏の心の底からでた一言を聞いて、


「もう止めて、そろそろ泣く…」


 綺麗に俺のライフは0になった。

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