ここはもう君の居場所だ

 ガラッ


「おー、遅いぞ。雨晴。トイレでも非常に大きな大でもしていたのか?」


「先生。それセクハラですよね?学園長に言ってきても良いですか?」


「おー、冗談だー。それより、転校生はどうした?」


 コイツ…。己の保身のために、秒速でギャクを撤回しやがった…。まぁ、うちの学園長マジで怖いからその気持ち、わからんでもないが。


「ちゃんと連れてきましたよ」


 コホンと咳払いをして、緊張しているアイツが入りやすい空気を作る準備をする。


「それより、みんな聞いてくれ。実は転校生はな…」


 俺の低い声はクラスの端まで届いたようで、全員、謎の緊張感が走っていた。中には唾をゴクン…と飲む奴までいた。


「実は転校生は…」


 口を開き、そして、声のボリュームを上げて告げた。

 転校生は如何なる人物なのかを!


「可愛い男の娘なんだ!!」


「「…」」


 俺、奏、クラスのみんなは一瞬、時が止まったように黙っていた。

 嵐山が、あっ、わかった。と言って教科書にサラサラと何か書き込む音だけがクラスに響いた後


「なにぃー」

「ウソ!?やだ!ちょっと嬉しいかも…」

「マジかよ!?これ以上思春期の俺に新しい何かを目覚めさせるようなモノ、持ってくるなよ!」


 男子、女子共に歓喜の声があがり、俺は両手を広げ、優しい笑顔で皆の熱い思いを一身に受け止めていた。ちなみに嵐山はずっと教科書を開いているフリをして、クロスワードパズルを解いていた。

 …コイツ、本当に学園長にチクってやろうかな。


 そして、話題の転校生をチラリと見ると、奏はドアの端から俺を見てプルプルしており、


 ガランッ!!


 勢いよく扉を開けて、



「ひぃ・びぃ・きぃー!!」



 と叫びながら、俺のむなぐらを掴んだ。が、力がほとんど入っていないのか全然苦しくなかった。奏は顔を真っ赤にして俺に猛抗議してくる。


「おまえ!さっきのカッコイイ台詞は何の意味があったんだ!それに何だ!?男の娘って?今日、ここに来るまで俺、そんな趣味、一度もお前に言っていないだろ!?」


「え、そうだったけ?いやでも、俺がここで皆に伝えた事によってこれからお前の趣味になるかもしれないじゃん?というか、個人的に俺も見てみたいというか…」


「なるか、アホ!?あぁ、クソ…。さっきのお前の台詞に感動しかけた俺は一体なん…」


 そこまで言って、奏は初めてクラスの皆に視線を移す。全員が突然、派手に入場してきたコイツに注目していた。奏は俺からぱっと離れて、気まずそうに挨拶をする。


「は、はじめまして…。星空、奏です…」


 奏が恥ずかしそうに挨拶すると、次の瞬間、



「「可愛いー!」」



 と、クラスの男子・女子が声を揃えて叫んだ。


「えっ、ウソ、イケメン!あぁ、でも可愛い…。私、このクラスで良かった…」

「クソ、本来、転校生のイケメンなんて、敵以外の何者でも無いのに…。俺に湧き上がる、この表現しちゃいけない感情はなんだ!」

「奏さん、あとで私のお洋服を着て貰えないかな?あぁ、ヤバい。鼻血出てきた…」

「しかも、初見では『亡霊』と恐れられている、響に対して、あの剣幕。イケメンの上に漢気まであるのかよ!えぇい、クソ。俺の負けたぜ!」


 みんな奏に対して色んな言葉を投げかけているが、人の感情にあんまり興味の無い俺でもわかる。


 もう、この転校生に悪い印象を持っている奴は一人もいなかった。


「…」


 奏は呆然とクラスを見ていたので、またコホンと咳払いをする。それに気づいた奏がこっちを向いたので、


「上手くいっただろ?」


 と言ってやった。奏はしばらく俺を見つめていたが、


「このヤロ…、覚えていろ?」


 と悪戯っぽく笑顔を返してきた。



 ※※



『あー、今日も一日終わった…。さーて、みんなはこれから青春の放課後タイムを楽しむと思うが…』


 と考えつつ、鞄に手をつっこみ、スマホ取り出して通知を確認する。ある人から連絡が来ており、それを確認して


「ゲッ…、面倒くせ」


 と呟いてしまう。しかし、逆らうと色々面倒なので、しぶしぶ立ち上がり彼女からご注文を承ろうとした時


「ねぇ、ねぇ、奏くん。部活は決めたの?良かったら、吹奏楽やってみない?」

「なぁ、奏、スポーツは興味ないか?運動は良いぞ?心が洗われる」

「ちょっと、奏くんが怪我でもしたら大変でしょ?奏くん、私と一緒に手芸部入らない。その、君に似合うお洋服があるの!」

「なぁ、奏!俺、お前を題材にした男の娘のエ…、じゃなかった、同人誌、同人誌!作りたいんだ!だから頼む!漫研入ってくれ」


 奏がクラスの部活男子、女子達から猛アプローチ受けているのが目に入った。全員の質問を一身で受け止めていた王子様は


「あー、ごめん。俺、部活動はその、ちょっと、入部は止めようかなって」


「「えぇー」」


 男子、女子達から落胆の声が上がり、奏は申し訳なさそうな顔をしていた。


『別にそんな顔する必要ないのに。こいつ、マジで心までイケメンなんだな…』


「いや、でも、見学すれば心変わりするかも!だから、お願い!ねっ?一回だけでも」

「おぅ、そうだよ!奏は爽やかに汗を流す姿が似合っている!だから、頼む!」

「私は諦めないわ!絶対、あなたに可愛いお洋服を着せてみせる!」

「俺だって、絶対お前を題材にしたエロ本書くからな!」


 となかなか『奏を部活勧誘したい組』は折れない。

 ってか、最後の二人はただの脅迫だろ…。こんなやばい奴、うちのクラスにいたのか…


「えっ、そうだな…、うーん」


 『良い奴』奏はなかなかそこから逃げ出せない。しかし、明らかに『解放して欲しい』オーラは見て取れた。無視する事もできたし、面倒事にはあんまり関わりたくはなかったが、


「はぁ…」


 何となく、コイツが困っているのは無視ができなかった。


「奏」


「響?」


 急に俺に声をかけられた奏は少し驚いてこちらを向く。それにつられて部活男子、女子達もこちらを向くが、

 って、おい、手芸部と漫研部の俺に向けられている殺意が尋常じゃない!こいつら、どんだけ、自分のリビドーを奏にぶつけたいんだよ…。

 しかし、俺も『亡霊』と呼ばれた男。あえて空気を読まず、奏に近づく。


「奏。お前、忘れたの?放課後は俺と一緒に律先生に頼まれたプリント。取り行くんだろ?」


「えっ?あ、あー、そう言えば。律先生に頼まれていたな!」


 良かった。察してくれたか…。奏は勢いよく椅子から立ち上がり、


「そうと決まれば行こうぜ。律先生、怒ると怖いからな」


「あっ、コラ。という事で、すまん」


 俺はみんなの人気者を片手一つの謝罪で掻っ攫っていった。

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