君の横にいる事でその不安は和らげば

「そう言えば、君、名前は?」


「名前?あぁ、俺は『雨晴響』。『響』で良いよ」


「そっか、じゃあよろしくな。響くん」


「『くん』もいらないって。呼び捨てで良いって」


「えっ?じゃあ…」


 と言って、奏は急に階段の途中で立ち止まった。


 えっ、俺なんか変な事言ったか?

 不思議に思って、首を傾けて奏を見ていると、奏は静かに口を開いた。


「えっと、その、…よろしくな。『響』」


「えっ、あぁ、その、よろしく。『奏』」


「…」


「…」


 …なんだ、なんだ、この雰囲気!?お互いの『名前』を呼び捨てで呼びあっただけだぞ、俺達。なのに、この緊張感はなんだ。というか、マジでこいつ改めて見ると、まつ毛長いし、肌白くて綺麗だし、髪サラサラだし、すげーイケメンだな…。イケメンだからこんなに、緊張すんのかな…。いやでも、コイツ、本当に―


 女の子みたいだな…


 と思いかけて、目を瞑って首を振る。いかん、いかんぞ、響。俺は『~らしく』と『~みたいだ』って言葉が大嫌いな人間のはずだろ。それに奏だって、自分が初対面のやつに好き勝手なイメージ持たれていたら良い気分しな…あれ?奏?


 俺が目を開けると、さっきまでそこにいた奏はいなくなっていた。

 あっれー、あの子どこいったのかな?律先生のあの雑な説明で教室の場所、理解するのは難し―


 バチィィン!

「痛い!!」


 背中に突如痛みが走り、背中を摩りながら振り向くとそこには奏がいた。


「ははっ!隙アリ!油断する響が悪いね!」


「えっ?今の俺が悪いの?俺、何かした?」


 そう言って俺は目線で恨みを伝えるが、奏はプイッとそっぽを向き、階段の上の方を見る。


「じゃあ、俺、先に行くぜ。また、教室でな、響!」


「えっ?そのうえ、俺、置いて行かれるの?理不尽過ぎない?」


 と俺の恨み言を聞きもせず、奏はトントンと階段を上っていく。


 …前言撤回。あんなガサツな奴が華も恥じらう乙女な訳ねーか。溜息をつき、階段をとぼとぼ上る。全く今日は良く殴られる日だ…。背中赤くなってないと良いけど…。と『赤くなる』というワードを思い浮かべて、こう思った。


「そういえば、奏のやつ、階段上っていく時、顔真っ赤だったけど…。あいつ、階段上るの、しんどかったのかな…」


 ちょっと心配になったが、背中がまだ痛かった俺は、まぁ、良いか…。と思って、またとぼとぼと階段を上り始めた。



 ※



「あっ、来た。遅いぞ、響」


 自分の教室に到着すると、その扉の前で奏が突っ立ており、なぜか奏に怒られてしまった。


「ん?あぁ、どっかの悪戯小僧が俺の背中を思いっきりひっぱたくからその痛みで遅れてしまったのじゃよ…。おー痛、オヨヨ…」


 と先程の復讐も兼ね大げさに痛がる。俺は奏から『んなわけあるかよ、大げさな!』と大笑いされると思っていたが、


「えっ?嘘!?そんなに痛かった…?ごめんな…」


 と、まさかのマジ凹みしてしまっていた。予想外のリアクションに俺の罪悪感メーターはMAXを振り切り、


「えっ?あっ、いや、冗談!冗談だよ!ちょっと、痛かっただけだって」


 と秒速で痛がる演技を辞める羽目になった。

 『さすがにこれは怒るよなぁ…』と少し身構えるが


「そっか、良かったぁ」


 と、まさかの花が咲くような笑顔でお返しが飛んできた。この時点で俺の罪悪感メーターの針は一周回って『お前が謝罪しろよ、オラ!!』と目盛が変化し、俺が悪いような気さえしてきた。


『コイツ、天然なのか?それとも、ワザとか?クソッ、何か自分のペースが掴めない…』


 ニコニコと笑う、奏の背後からはキラキラと眩しい光が見える。…ような気がした。

 やめて。その光で俺、浄化されちゃうから!!




「コホン。で、奏は何で教室に入らないの?」


「…あー、何と言うか、その」


 その弱々しい態度を見て、ピーンと来た。


「…もしかして、緊張しているとか?」


 ビクッ!


 あっ、これビンゴだな。奏、少し赤くなっているし。

 そんな奏を見て、少し意地悪したくなった。


「何だよ、奏。さっきは初めて出会った俺をぶっ叩いておいて、自己紹介は緊張しているのかよ?意外と可愛いな。なんなら、俺、手繋いでいてやろうか?」


 それを聞いた奏は少しムッとなる。


「馬鹿にすんなよ!俺だって自己紹介ぐら…、いや、響の言う通りだな。俺、緊張してここに入れなかったんだ」


「奏…?」


 最初は勢いよく俺に噛みついてきた奏は急にしゅんとなり、俯いてしまう。そして、情けない自分を笑うように言葉を続けた。


「俺、今まで転校とか全くしたことないし、自分がどう見られているか。ちょっと怖いんだ…」


 そう言って、奏は俺の方を向き、問いかけてきた。


「なぁ、響?俺、ちゃんとしているか?どっか変な所とか無いか?」


 そう言う奏の顔は凄く不安そうだった。


「いや、別に。変な所も無いし、むしろ俺より爽やかなイケメンだぞ?」


「そっか、良かった」


 奏はさっきよりも安心そうな顔をするが、まだ影があった。それを見て少しでもコイツをからかおうとした自分が急に情けなくなり、


 パンッ

「響!?」


 自分の両頬ぶっ叩いた。そして、


 パンッ

「痛い!なんだよ!?なにすんだ!」


 少しだけ力を込めて、奏の背中を引っぱたいた。


「さっきの仕返しだよ」


「へっ?」


 軽く殴ったつもりだったが、結構、奏には効いたらしく背中をさすさすしていた。

 あっ、いけね。と思ったが、俺は呟く。


「横にいてやるよ…」


「えっ?」


 あぁもう、一回で聞き取れよ!恥ずかしいなぁ。俺はさっきより少し大きい声で


「だ か ら!横にいてやるって言ったんだ!そんなに緊張しているなら、話慣れた奴がいる方がいくぶんか楽だろ?」


 と、奏に伝えた。言った後に少し恥ずかしくなり、顔が熱くなる。

 あぁ、クソ。慣れない事はするもんじゃないな…。

 俺の言葉を聞いた、緊張しまくりだった転校生はしばらくポカンとしていたが、


「ぷっ…」


 と吹きだした後、クスクスと笑い出した。

 コイツ…、人が恥ずかしい思いで言った言葉を笑いやがって…

 と、さすがに菩薩の響ちゃんも怒りを露わにしそうだったが、


「響」


「な、なんだよ」


 透き通るような奏の声に思わず、返事がどもる。顔を上げた奏の表情は


 全ての不安が吹き飛んだような、明るい笑顔をしていた。


「サンキュー、響のおかげで元気でたよ。俺、たぶんもう大丈夫だけどさ…」


 そういって、俺の顔を覗き込んだ奏は


「でも、横にいてやる!なんて、カッコイイこと言った奴の好意を無下にするのも、嫌だからな。だから、よろしく頼むぜ?」


 と悪戯っぽく笑っていた。


「…」


 マジでコイツ、ワザとやっている?


 そう思った時、さっきよりも自分の顔が熱くなっている事に気づいた。

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