笑う君の手は、壊れそうなくらい柔らかった

 朝から嫌な事が続き、やる気なくスローペースで職員室に向かいながら、いつから俺はこんなに人々に怯えられる存在になってしまったのか、考え始めた。


 そうだな、まずは自己紹介をしながら思い出そう!


 俺の名前は『雨晴響あまはれひびき』17歳。青春真最中(嘘)。


 まずは俺の出生から……と言いたいところだが、長くなるのでそれは全部カット。

 ただ、俺の背がでかいのは完全に親のせい。親父もお袋も共に全国の男性・女性の平均身長を越えていたので、その息子がこんな巨木に生まれるのはもはや運命さだめと言える。本来だったら、このスペックに胡坐をかいた生活をしても良かったのだが


 俺はそれを良しとせず、外見を良くするため、色んな事を頑張った。

 自分で言うのもなんだが、響君は努力家なのだ。


 まずは筋肉がある男はモテると聞いたので、体を鍛えた。

 結果、長身の上に逞しいと恐れられた……。


 ならばと、相手に目線を合わせる為、姿勢を低くして歩くように心がけた。

 結果、猫背の長身でより怖いと言われた……。


 ならばならばと、とりあえず前髪を伸ばして、今風の髪形にできるよう努めた。

 結果、ワックスのつけ方がわからず、前髪で顔が隠れて、不気味だから近づきたくないと言われた……。


 その結果、着いたあだ名が『巨大な亡霊ファントム・オブ・ギガント』。

 本人の意に沿わず、こんな厨二病みたいな二つ名がついて回ることになった。


 そして、俺は気づいた。

 いや、気づくのが遅すぎた。



『俺の努力、ぜーんぶ、裏目に出ているやーん!!』



 ※



「はぁ……、失礼しまーす」


 ガラッ


 と、とてつもなく大きなため息と共に職員室のドアを開く。

 担任『嵐山』の話によると転校生は俺が世話になっている、心優しい先生と話をしているそうだが……



「おい。遅いぞ、響。この私を待たせるとはいい度胸だな」



 ……前言撤回。

 亡霊と呼ばれるこの俺ですらエンカウントすれば、恐怖で身が縮む女性。


「ほら、こいつが転校生。泣いて喜べ、男だぞ。しかも、イケメンだ。やったな、響」


雪ノ下律ゆきのしたりつ』27歳。独身様だ。




 バチンッ!


「痛ッ!何!?何で叩かれたの、俺?」


 急に丸めた教科書で頬をひっぱたかれて、眠たかった目が開き、大きな声で律様に苦言を呈した。

 丸めた教科書を肩でトントンしながら律先生は言う。


「いや、私を待たせた罰と何か凄いムカつく事を考えていそうな顔をしていたから、思わず……な」


「んな、無茶苦茶な……」


 と言いつつ、先程『独身様』なんて失礼な事を考えていたので、それ以上大声で反抗できなくなっていた。


 失礼な事は言うものの、美人だと思うけどな、律先生。

 結構前に彼氏と別れた。とか言っていたな……。もったいないなー、そいつ。


 律先生、胸デカいし、足綺麗だし、お尻もキュッとしてスタイ―


 バチィン!!


 職員室中に響く良い音で、また律様に教科書で頬を殴られた。

 ご丁寧にさっきとは別の頬を。


「ホワイ!?」


「ん?今度はスケベな事、考えていそうだったからつい……な」


「……」


 この人はエスパー律様ですか?そうですか……。はは……。もう何も考えないよ!


「くっ、ははは……」


 不意に笑い声がして、俺と律先生はそちらを向く。

 見ると、転校生が笑い過ぎてでた、目元の涙を拭っていた。


「あぁ、ごめんなさい。まさか、この場所でこんな面白いコントお目にかかれるとは思ってもみなかったから……」


 転校生があまりにも楽しそうに笑うので、こいつの目の前で殴られた恥ずかしさも忘れ、ふふっ。とつられて笑ってしまった。

 律先生もよく見ると、やれやれという顔で肩に教科書をトントンやりながら笑っていた。


「えっと、君が俺のクラスメイト……。で良いのかな?」


「えっ?あぁ、そういう事になるな」


 はっきりしない返事に対して律様の厳しい視線が俺に刺さる。

 やめてください。そして、手に持っている、その凶器をしまって下さい。


 でも、そんな俺の返事に対して、転校生は爽やかな笑顔で


「そっか。俺の名前は『星空奏ほしぞらかなで』。『奏』って呼んでくれ。今日からよろしくな」


 と言って、右手を差し出す。どうやら、握手を求めているようだ。


「えっ?あぁ……」


 ガシッ……


「よろしく……」


「おう!」


 そう言って、奏は爽やかにまた笑った。


『イケメンな上に気持ちの良い奴だな……』


 と思った。ただ、少し気になったのが、握手をした奏の手は



 凄く綺麗で、強く握ると壊れそうなくらい柔らかった事だった。

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