第4話:ちょっとした思いつき

 夏が終わり、シャーロットたちは別荘を引き上げ、両親と一緒に住んでいる王都の屋敷に帰った。

 エディはその後すぐに大学の寮へ戻っていったが、シャーロットは学校に通っていないため、家で家庭教師と勉強しながら静かに暮らす代わり映えしない日々だ。

 セオドアも別荘を出るときに簡単にシャーロットに挨拶をして、大学寮に戻った。彼の学校生活も、相変わらずの毎日だった。適当に勉強して、友人たちと遊んで、たまにエディにどやされて。

 ただ今までと違うのは、夜になるとときどきシャーロットのことを思い出すことだった。


 やっぱり今は昼なんだなあって。


 そう言ったときの彼女の寂しそうな微笑が頭から離れない。どうしたら、心の底から満足した笑顔を見せてくれるだろうか。わかっている、本物の夜を見せることができればいいのだ。

 しかし、セオドアには彼女の病気を治すことなどできない。せめて真似だとか偽物だとか思わせない、夜にそっくりな場所に彼女を連れ出すことができれば……。

 そんなことをだらだらと考えながら日々を過ごしているうちに、あっという間に秋が過ぎて冬になった。


「いつ見てもエディの部屋は汚いね……」


 なんとなく暇になって訪れた学生寮のエディの部屋の中を見渡して、セオドアは思わず呆れた声でつぶやいてしまった。

 学術書や趣味の本が山積みになっていて、今は外出していて不在である彼のルームメイトのベッドの方にまで侵入しかけている。


「汚くはない。物は多いけど掃除はしてる」

「まあ、埃っぽくはないけどさ……」


 適当な本の山に腰かけてみると意外に安定していて椅子替わりになった。

 何か書き物をしていたエディがくるりと振り向いて、本の山に座っているセオドアを見た。


「もうすぐクリスマス休暇だけど、セオはどうするんだ? 家、帰るのか?」

「うん。エディは? 毎年ご家族と過ごすんでしょ?」

「いや、いつもはそうだけど、まだ帰るかどうかわからない」


 首を横に振るエディに、セオドアは意外だなと目を見張った。


「なんで? シャーロットやご両親、寂しがらない?」

「ちょうど休暇の時期に日食があるから、何人かの学生と一緒に教授の観測を手伝うことになってるんだ。だからそれが終わって時間があれば帰るかな」

「ふうん……日食。大学で見られるの?」


 確かに近々、数十年ぶりに日食が見られるだとかいう話を聞いたような気もするが、セオドアは天文学に興味がないもので、そんな情報はすっかり頭から抜け落ちていた。

 エディが帰らないということは、大学からだと綺麗に観測できるのだろうか。と思ったのだが、エディは再び首を横に振る。


「見られないことはないけど、おそらく部分日食だね。もう少し西の方に移動して皆既日食を観測する予定なんだ。たぶん、夏に過ごした俺やセオの家の別荘あたりでも皆既日食が見られるんじゃないかな」

「へえ。そうなんだ」


 皆既日食なら、太陽がすべて月で隠れる。昼間なのに夜のように薄暗くなる光景は、きっと神秘的だろう。別荘に行って観測するのもありだな。

 そこまで考えて、ふと新しい考えに思い当たった。


「……昼なのに、夜!?」


 ばっと立ち上がった勢いで、座っていた本の山が崩れる。


「おい! 何やってんだ」

「ご、ごめん! でも、エディ! 日食のときってさ、昼でも暗くなるんだよね? 夜みたいに?」

「真っ暗にはならないだろうし真夜中みたいにはならないと思うが……夕闇や夜明け前くらいにはなるんじゃないか?」


 セオドアは目を輝かせてエディに詰め寄った。


「じゃあ、シャーロットはどうなる? 起きていられる?」

「そりゃあ、暗くても昼は昼なんだし……あ、そうか。じゃあ」


 エディは合点がいったようにセオドアを見た。セオドアも頷き返す。

 つまり、シャーロットが夜を体験できるかもしれない。

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