第2話:夜眠病

 目を覚ますと、シャーロットは自室のベッドの上だった。

 身を起こしてベッドから抜け出る。一晩眠っていたらしく、カーテンを開けると朝日が窓から差し込み部屋の床をきらきらと照らした。

 昨日、部屋に戻る途中の廊下で眠ってしまってから、使用人たちの手によって着替えさせられ寝かされたのだろう。子どもの頃はよくあることだったが、久々にやらかしてしまった。

 セオドアはシャーロットを部屋に運ぶのを手伝ったあと、帰っていったらしい。けれど体調を気遣ってくれたのか、数日後に再びこちらの屋敷を訪ねてきた。今度はアポイントメントを取って。

 どうやらエディはシャーロットの病気について詳しく彼に話していないようだった。だからその説明もしなければならない。


「私の病気、夜眠病っていうんです」

「夜眠病……? 初めて聞く病名だな」


 考えるように首を傾げるセオドアをエディは一瞥し、紅茶を一口飲んだ。今日はシャーロットのお茶会はエディだけでなくセオドアというお客までいて少しにぎやかだ。嬉しい。


「要するに、夜になると眠ってしまう病気だよ。命に関わる病ではないんだが、患者数も少なくて治療法もわからない、珍しい難病。シャーロットは生まれたときからこの夜眠病なんだよ。いちいち説明するのも面倒だから対外的には病弱で通してるけどな」

「どういうわけかわからないんですけれど、夕方になると眠くなって、太陽が沈むのと同時に眠ってしまうんです。それで明け方に太陽が昇ると目が覚めるんです」


 エディとシャーロットの話を聞いて、納得がいったようにセオドアはうなずいた。


「それで、このあいだは突然廊下で眠ってしまったのか。眠り発作や居眠り病とか言われている睡眠障害は先日のシャーロットのように倒れこんで眠ってしまうこともあるらしいけど、それとは違うのかな?」

「セオお前、よくそんなの知ってるな。わりと最近発見された障害だぞ。まあ、似ているけど違うというところだよ。眠り発作は日中でも起こるけど夜眠病は夜になると眠気が発生する。それから夜中は何があっても目を覚まさないんだ。とにかく夜になると何があろうと必ず眠ってしまう病気だと思ってくれればいい」

「ふうん。関係しているのは太陽光か月光? それとも生活リズムのようなもの?」

「わからないんだ。太陽光が原因ではないかと言う医者もいるんだが。例えば白夜のときなんかは、本来なら夜の時間でも起きていられるんだ。逆に月が出ていない夜でも眠気は発生する。しかし、天候が良くても悪くても、そこは体調には関係ないみたいなんだよ」

「だとすると太陽光が原因っていうのはおかしいな。雨の日でも起きていられるんだろう?」

「そう、そこなんだよ……」


 熱心に話し込み始めてしまった男性陣二人を、シャーロットは少しつまらない気分で眺める。

 病気が治ればそれは嬉しいけれど、病気のメカニズムのような難しい話には正直興味がない。さすが勉強好きのエディの友人といったところだろうか。夜眠病についての議論だけでも随分と盛り上がっているあたり、気は合うらしい。

 ただまあ、少なくとも眠ってしまう時間帯が昼でなく夜で良かったとは思う。そうでなければ今日みたいな晴れた日にテラスでのんびりもできない。エディたちの会話には参加せずに、目の前の皿に盛られたクッキーをもぐもぐと消費していると、


「でもさ、夜は寝なきゃいけないなんて、人生つまんなくない? 昼間なんて楽しいことそんなにないでしょ。学校にも行ってないみたいだし、普段何して過ごしてるの?」


 セオドアがシャーロットに質問してきた。エディが隣でむっとした顔をしている。


「普通夜は寝るだろ。毎晩毎晩、遊び歩いては昼まで寝ているお前のほうがおかしい……っていうか問題だぞ。なぜかお前のお父上である伯爵が放置しているから言わせてもらうが、もう少し貴族として上に立つものの自覚を持ってだな……」

「あー、うるさい、うるさい。そんな説教して、エディは僕の何なの?」


 何って、お母さんみたい。頭の中でついそんなことを考えてしまい、シャーロットはおかしくなった。

 結局この人は、エディと違って遊び人なのか。よくわからないが、何にせよどうも性格は違うみたいなのに二人の相性が良さそうなのが、不思議だし面白い。


「セオドア様」

「何? ていうかセオでいいよ。様もいらないし」

「……じゃあ、えっと、セオ。お忙しくなければ体験してみます? 私流の昼間の過ごし方」

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