追憶

 人から好かれない性格をしている。

 そんなことは中学生になる以前にはもう身に染みてわかっていた。

 

 別に悲惨な家庭に育って歪んでしまったとか、性根が捻じ曲がる程のトラウマを経験したとか、そういったありがちな背景も何もなく。

 

 ただただ、わたしという人間は元来ひねくれ者だったのだ。

 

 口を開けば誰かを不快にさせる、というわたしの性質は瞬く間にわたしの周りから人々を遠ざけた。友達と呼べる人なんてもちろんいるはずもなく。

 

 寂しさを感じることがないでもなかったが、大抵本でも読んでいれば気にならなくなる程度のものだ。一人ぼっちに、わたしは慣れていた。

 

 中学に入ったところで何も変わらない。

 

 そう思っていたわたしの生活に、けれど、一つだけ変化が転がり込んできた。


   *


「やあ、山吹」


「…………またですか。なんなのですか、ストーカーですか?」

 

 図書室の受付カウンターでわたしを迎えたのは図書委員の先輩だった。もはや聞き慣れつつある淡白な挨拶に、わたしは仏頂面で応える。

 

 生徒は部活か委員会に入らなければならない、という迷惑な規則のせいで入ることになった図書委員会、その仕事である二人制の図書当番の日には決まってこの人がいる。


「いやぁ、たまたまだよ。本当によく当番が一緒になるものだね」

 

 なんて、白々しく答える先輩は、わたしが気づいていないとでも思っているのだろうか。

 

 図書委員がめいめい自分の名前を希望の日に記入する当番表、わたしの名前の横には誰も自分の名前を書き入れないこと。そしてその枠をわざわざ先輩が埋めているのだということを。

 

 気づくに決まっている。そんなこと。わたしは別にそんなことで傷ついたりなんてしないのに。


 それなのにこの先輩は、哀れみなのかなんなのか、わたしと図書当番を続けている。


 余計なお世話だと思った。

 その偽善者の面の皮がいつまで保つのか、なんて意地悪なことも考えたりした。


「……根暗で友達がいないからって、後輩を追いかけ回すのはどうかと思いますが」


「いや別にストーカーではないからね?」


   *


 けれどわたしの予想に反して、先輩はいつまで経ってもいなくならずに。


 いつだって、笑うでもなく「やあ」だなんて淡白な挨拶をしては図書室のカウンターの内側、わたしの隣に座っている。どれだけ不遜な態度を取ろうと、悪しざまに罵ろうと、それが変わることはなかった。


 不思議だった。

 今までこんなひねくれたわたしの傍にい続ける人なんていなかったから。


 先輩と過ごす時間が増えるにつれ戸惑いはいつしかその輪郭を失い、代わりにぬるま湯のようなぼんやりとした居心地の良さが訪れるようになった。


 図書委員の仕事をする時以外、わたしたちの間には本のページを繰る音だとか、たまぁに話しかけてきた先輩にわたしが毒づく声など、そんなものが転がっているくらいだったけれど。


 避けるでもなく、かといって過度に干渉してくるわけでもない。図書室のカウンターの内側、並んで座る椅子の間に横たわる人一人分の距離感が、わたしには安心できるものだった。

 

 いつからかわたしは、先輩との図書当番の日を心待ちにしていた。

 

 自分でもびっくりだ。一人ぼっちに慣れていたはずのわたしが、そんなふうに誰かのことを思うようになるなんて。

 

 でも、結局振りでしかなかったのだと思う。

 

 一人ぼっちに慣れた振り。寂しくない振り。傷ついていない振り。

 

 本当はずっと、誰かに傍にいてほしかった。

 先輩のせいで、それに気づいてしまった。

 

 先輩との時間は優しくて、同時にひどく残酷だ。

 

 人と触れ合うことの温もりを知ってしまったわたしは、きっともう一人ぼっちには慣れることはできないだろうから。戻れないだろうから。

 

 けれど、先輩は先輩で。わたしより一年も早く卒業して、離れていってしまう。たとえ同じ高校へ行ったとしても、それは繰り返される。

 

 いつかは。けれど、今はまだ。

 

 そうやってわたしはいつか来る別れを先延ばしにして、先輩がいなくなった後の世界を見ない振りをするのだ。

 

 恐れを、不安を、見ないようにしまい込んで蓋をして、わたしはいつしかそれらがあったことを忘れた。


   *


 そして高校一年の夏休み。

 

 予期しなかったいつか来る別れの形――その可能性を目の当たりにして、わたしは長いこと忘れていたその感情を思い出すことになるのだ。

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