第24話 花火大会(中編)
「――いや全然見つからないな?」
浮かれた人々で賑わう花火大会。すれちがう人は一様に楽しそうな笑顔だ。しかしそんな空間で僕はめちゃくちゃ眉間にしわを寄せていた。
連れて来ていた妹とその友達が逃げ出してしまい、それを探すも全然見つからないからである。どうしてこうなった。
アプリで位置情報はわかっているのだ、すぐにでも捕まるだろうと思っていた僕の期待はあっさり裏切られた。どうも位置情報の精度が低いらしく、近くに行ってもアプリ上の位置がぽっ、ぽっ、と落ち着きなく移動してしまうのだ。人混みのせいも相まって、捜索は難航していた。
「くそっ、いつまでも逃げ切れると思うなよ、子ネズミども……!」
焦りから言動が完全に悪役のそれになってしまっている。ヤバい。
そんな折だった。
「――あれ、倉井ー?」
花火大会の喧騒の中でもくっきりとした輪郭の声が僕の耳に届く。
声のした方を見ると、そこにはきょとんとした様子の
「何してるのー? なんかネズミがどうとか言っていたけど、ペットのネズミを散歩中に逃がしちゃったとか?」
「いや違う。何が悲しくて花火大会で一人ペットを散歩させなきゃならないんだ。しかもネズミって、この人混みじゃどう考えても踏み潰されるだろう。時と場を考えろ」
「なんで私怒られてるの!?」
「あぁ、ごめん。今はちょっと紺青の相手をしている余裕はないんだ」
常のようにすっとぼけたことを言う紺青に思わず素っ気ない態度を取ってしまった。妹たちを見つけないことには彼女と戯れる気分にもなれなかったのは、まぁ仕方ないだろう。
「なになに、なんかトラブル?」
「まぁ、ちょっと。妹とその友達と来ていたんだけど、逃げられちゃって」
「なんだ、迷子かよー」
「僕じゃなくて、妹たちがな。そういう紺青こそ何しているの? 見たところ一人みたいだけど」
「あー、私は友達と来ていたんだけど、イカ焼き買ってたらはぐれちゃいまして」
「そっちこそ迷子じゃないか」
てっへへ、と頭をかく紺青にげんなりする。
こっちは迷子の小学生で手一杯なのだ。高校生までは面倒見切れん。
「それじゃ、紺青、迷子センター的なのは確か向こうにあったから」
「ちょちょちょ」
大雑把に方向を示して捜索に戻ろうとすると紺青に袖を引かれた。
「嫌だなー、私高校生だよ? 慌てなくてもそのうち合流できるって。それよりそっちの妹さん? 一緒に来てるってことはまだ小さいんでしょ? 倉井一人じゃ頼りないし、私も一緒に探してあげるよ!」
とんとん、と得意げに胸を叩く紺青。なんなの、迷子が迷子を探すとか高等なギャグなの?
しかしまぁ、僕一人ではなかなか見つけられないのも事実だ。正直捜索の目が増えるのならそれに越したことはない。
「…………ぅうん、それじゃあ頼んでもいいかな?」
「なんだか謎の間が気になるけど、いいよ! 任せなさい!」
頼りにするにはどうも頼りない紺青を仲間に加え、再び捜索を開始する。確度の低い位置情報アプリの情報をもとに近づき、あとは肉眼で探す方法だ。
「あ、妹さんたちってどんな見た目なの?」
「あぁ……一人はオレンジ色の花柄の浴衣を着て、髪をなんかシニョン? にしているおとなしい感じの子。もう一人はダサいティーシャツと辻斬りに遭ったみたいにズタボロのジーンズを着て、ひどく生意気そうな面構えの子どもだ」
「後半はほぼ罵倒だね!?」
「客観的情報を過不足なく伝えただけだよ」
「うわー、倉井って家でもそんな感じなの? そりゃ妹も逃げたくなるわ」
紺青の声に呆れたような色が混じる。ほっとけ。逃げたことに関しては妹が百パーセント悪い。
「でも意外かも。倉井が妹の面倒見てるなんて」
若干の含み笑い。……やっぱりこんな奴に頼るんじゃなかった。
一抹の後悔を抱えながら紺青と二人を探すが、やはり見つからない。そのうち何か不慮の事故やら事件やらに巻き込まれたのではないか、などと柄にもない憶測が浮かび出す。
これは紺青以外にも誰かを頼った方がいいかもしれない、とスマホを見るも、僕が連絡を取ることができるのなんて母親くらいだ。単なる杞憂かもしれないこの状況で母に連絡などすれば大事になるかもしれない。
となると僕に残された連絡先はただ一人。画面に映る『すみれ』というアカウント名を睨む。
先日の喫茶店での会話から山吹もこの花火大会に来ている可能性は高い。そして普段は不遜で不敬な後輩だが、こと僕が真剣に悩んでいる時にはなんだかんだで力になってくれようとする奴だ。事情を説明すれば妹たちの捜索も手伝ってくれるだろう。
けれど、とそこで僕の内なる声がストップをかけてくる。
どうにも踏ん切りがつかない。先日の会話が尾を引いているような、そんなぎこちなさがある。
あの山吹が僕を花火大会に誘おうとしていた。
それが、彼女が言ったように単なる憐憫でしかなかったとしても。一瞬でもそこに特別な意味を見出してしまいそうになった僕の方からは、なんとなく、こう、声をかけづらいのだ。
そんなしょうもない葛藤でぐるぐるしているうちに僕のスマホの画面が着信を告げた。表示は『明夢』。……はぁ!?
「あ、もしもし兄き――」
「今どこにいるんだ!?」
焦りと安堵が変な具合に混ざってしまって、思いっきり食い気味にしゃべってしまった。
「えぇ……今は休憩用のテントで休んでるとこ。疲れちゃったから迎えに来てー?」
こっちがどれだけ探し回ったかも知らずに妹は呑気に甘えた声を出してくる。まったく、こいつは。
その場から絶対に動かないようきつく言い聞かせておいて、僕は通話を切った。近くできょろきょろと周囲に目を走らせている紺青にも事の次第を報告すると、彼女はパッと笑顔になる。
「そかそか、無事に見つかりそうで良かったね! ったく、倉井ってばめちゃくちゃ心配そうな顔してたからこっちまで冷や冷やしたよー」
「そりゃ、何かあったら僕の責任だからね。心配もするさ」
「いやいやそうじゃなくって、単純に妹のことが心配なお兄ちゃんの顔だったってこと!」
「……うるさいな」
何やら知ったふうな口を叩いてくれるが、まったくのお門違いというものだ。
「それじゃ、僕は妹たちを迎えに行くよ。手伝ってくれてありがとう」
妹たちが見つかればこんな高校生迷子に用はない。とっとと別れようと思ったのだが、
「んー? ありがとうって、それだけー?」
なぜかとことことついて来た。
「え、何が?」
「んもう、おとぼけさんっ」
「…………」
なぜだろう。無性にイラっとした。
努めて平静を装う僕に向かって紺青はバチバチと意味ありげな目配せを送ってくる。だからなんなのだ。
「鈍いなー。お手伝いしてあげたんだから、それ相応の謝礼があって然るべきでしょ! ってことだよ」
そう言って彼女が移した視線の先、そこにはたこ焼きの屋台があった。なるほど。
「つまり奢れと」
「ぴんぽーん」
嬉しそうに手で丸を作る紺青に、僕はため息をつく。
「はぁ。迷子で乞食の高校生とか、本当に救えないね」
「ちょ、そんな蔑んだ目を向けないでよ!? ――いいじゃーん、お腹空いたんだよー、お兄ちゃーん!」
「誰がお兄ちゃんだ。離れろ、赤の他人め」
まったく似合わない猫撫で声で妹に擬態する同級生に僕は身震いした。やめろ、腕に縋りついてくるんじゃないっ。
と、そんな折だった。
「――あれ、先輩?」
花火大会の喧騒がすっと遠ざかっていく。そんな錯覚をした。
振り向くとそこには大人びた群青の浴衣に身を包んだ一人の少女がいた。
(後編に続く)
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