第14話 友達(本当にいる)
「おーい、倉井ー。何読んでるのー?」
「…………」
「倉井ー、聞いてるー? ちょっとー」
「――はっ、僕のことか」
誰か呼ばれているな、早く返事をしてあげればいいのに、と思っていたら呼ばれているのは僕だった。
教室にいる時に呼ばれること自体少ない、というのもあるし、あと最近あまりにも苗字で呼ばれることがないので完全に失念していた。いや、自分の苗字を失念するってヤバいな……。
それもこれも全部、
「どしたの、倉井? もしや記憶喪失?」
そう言って不思議そうにこちらを見下ろしていたのはクラスメイトの
「いや、単純に最近苗字で呼ばれることがなくって、反応が遅れた」
「なんか悲しいな……でも確か部活やってるよね、文芸部だっけ。なんて呼ばれてんの?」
「えっと、根暗、とか」
「……倉井、いじめられているんなら相談してくれていいんだよ? 数少ない友達でしょ?」
紺青はおもむろに僕の肩に両手を置いてがくがく揺さぶった。むしろ今この瞬間がいじめっ子に恫喝されているように見えなくもない。
「いじめられていないし、数少ないは余計だ」
三半規管がやられる前に紺青の手から逃れる。こいつはパーソナルスペースが極端に狭いので何かとスキンシップが多い。多くのクラスメイトたちには彼女のその気安さは好評だが、僕は少し自重してほしいと思っている。紺青、君は無自覚に僕のパーソナルスペースを侵犯しすぎるのだ。
「えー、でも少ないのは事実でしょ。私以外に友達何人いる? 一人? 二人?」
「ざっと一人だな」
「そこで見栄を張らない潔さは認めよう」
うむ、と重役ちっくに頷く紺青だが、別に彼女に認められたところで特段何かあるわけではない。
「んで、何読んでんの?」
ころっと表情を変えて楽しそうな笑みを浮かべる紺青は、僕の手許を見ながら尋ねてきた。
「ん」
口で説明するのも面倒なので持っていた文庫本を持ち上げ表紙が見えるようにする。
「へぇー――って、なんで普通に教えてくれんの!?」
何を読んでいるのか自分から訊いてきたくせにその言い草はおかしくないですかね?
オーバーなアクションで驚きを表現する紺青に冷めた視線を送りつつも、とはいえ、今までだったら確かに適当にはぐらかしていたな、と思い至る。
すこし前から山吹と本の話や貸し借りをするようになり、ちょっとした心境の変化というものが僕の中で起こっていたのだろうか。
「まぁ、別にやましいことをしているわけでもなし」
「ということは、今まではやましいことをしていた、と」
「拡大解釈をするんじゃない」
にやにやと口の端を歪める紺青に釘を刺しておいた。あることないこと吹聴されては敵わない。紺青は気のいい奴だが、少々軽率なところがあるので。
「ふーん……まぁいいや。というかその作家、私好きなんだよねー! 倉井も好きなの?」
「いや、初めて読んだかな」
「そうなんだ。他の作品も面白いからお薦めだよ。うちの図書室ならこの人の著作は大体揃ってるし!」
手振りを交え熱弁を振るう紺青に、やや遅れて僕は合点がいった。
「そういえば、紺青は図書委員だったね」
「そうだよー。図書室にこの作家の本を増やしたのは他ならぬ私ですから!」
「職権濫用じゃないか……」
「あくまで正当な手続きを踏んでいますのでっ!」
なんて、下手くそなウィンクまでしてみせる。というか、ずるいな、それ。僕だって学校のお金で自分の読みたい本を買えるのなら図書委員になったのに。なんて。
「というか、倉井っていつも本読んでるのに、全然図書室には来ないよね。もっと私に会いに来てもいいんだよ?」
「……会いに行く云々はともかく、たまには図書室で本を借りるのもいいかもね」
「おっ、来ちゃう? 今日の放課後は私が図書当番だから歓迎するよー?」
「じゃあ明日行くね」
「なんでそういうこと言うの!?」
だから友達が少ないんだぞっ、と窘められる。いちいち動きが大きいのでポニーテールがあちこちに跳ね、それを無意識に追う視線が忙しない。目が疲れるからちょっとは落ち着いてほしい。
というか、僕は部室でも教室でも友達いないだの少ないだの言われすぎではないですかね?
結局、その日の放課後はやかましい紺青に引きずられながら訪れた図書室で、彼女のお薦めの本を一冊借りることとなった。
その後、いつもより遅い時間に部室へ行くと山吹からじっとりと湿度高めの視線を向けられ、
「遅れるなら遅れるで連絡を入れるなりできますよね? 報連相は基本ですよ?」
などとお小言を頂戴したが、君は僕の上司か?
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