第7話 デジタル化社会
「先輩はどっち派ですか?」
いつものように部室で本を読んでいると、向かいに座る
「僕は猫派だ」
「いえ犬猫論争についてではなく」
違った。事前準備が裏目に出た。犬猫じゃないとなると、
「あ、じゃあたけのこ派だ」
「じゃあ、じゃないです。きのこたけのこ論争でもありません」
山吹はにべもない。ぅうん、これも違うとなるともう答えのストックがない。
「というか、二択を迫るのならまず選択肢を提示してからにしてくれない?」
「勝手に先走って答えておいて文句言うのやめてくれません?」
お互い相手に非を押し付けようとして部室内の空気が険悪になる。僕はもっと和やかに部活動をしたいのに、このひねくれていて可愛くない後輩ときたら……。
こういった時の常として、一応より大人である僕が譲歩することになる。
「……悪かったよ。それで、何と何に対しての質問だったの?」
「先輩は紙の書籍と電子書籍、どちらの方が好きなのかなぁ、と思いまして」
「あぁ、なるほど」
山吹は手元の文庫本に目を落としながら続ける。
「部活ではわたしも先輩もこうして紙の本を読んでいますが、今時はスマホでも小説を読むことができますからね。電車やバスなんかに乗っている時などはそっちの方が便利だったりしますし」
「確かに、電車やバスで紙の本を開いている人ってあんまり見なくなった気もするね。でも僕はやっぱり紙派かな」
そう答えると山吹は我が意を得たり、という顔をした。
「やっぱり先輩はそうですか。先輩がスマホで電子書籍を読んでいるところなんて想像できませんし」
「……それはどういう意味?」
「ほら、スマホって本来他人とコミュニケーションを取るためのツールではないですか。だから先輩が使いこなせるとは思えなくて」
真顔でそんなことを言ってくるのだから
「山吹、隙あらば僕のことを友達のいない奴みたいに扱うのやめてくれない?」
「先輩こそどうしても友達がいると言い張るのなら確たる証拠を見せてください。それがない限り、わたしの中での先輩は虚言癖のある根暗ぼっち野郎ですよ?」
「君はなんでそんな僕の友達事情に厳しいの?」
「あるのですか、証拠?」
山吹は僕の言葉を完全にスルーした。その上追及の手を一切緩めない。なんなの、根暗な男子高校生に恨みでもあるの?
「……と、友達の証拠なんて、随分と野暮なことを言うもんだね。そんなのお互いの心の中にあれば十分じゃないか――」
「スマホ、見せてください」
「へ」
有無を言わさぬ冷厳とした口調、そして彼女が差し出したるは白魚の腹のような手の平。え、何?
「スマホ、見せてください。正確にはラインの友だち画面を」
「それは」
魚の目のようにまったく感情が読み取れない瞳を覗き込みながら、僕の背中からは冷や汗が流れる。こいつ、僕の友達の有無を本気で確認しにきている。なぜかはわからないが、その本気度だけはひしひしと伝わってくるのが尚更怖い。
というか、そんなものを見られたら僕の友達が家族だけ、ということがバレてしまう。ラインさんは優しいから家族でも友達にカウントしてくれるけれど、山吹は優しくない。少なくとも僕には。
「友達、いるのですよね?」
永劫にも感じる睨み合い、そして、
「……わかったよ、見せるよ」
渋々ではあるけれど、こうやって最終的には言いなりになってしまうあたり、この後輩が増長する原因かもしれない。
手渡したスマホの画面をとっくりと検分する山吹。俯きがちになった顔にさらりと髪がかかって表情が隠れている。気分はさながら死刑執行を待つ囚人といったところだ。
「……言っても信じないだろうけど、友達自体はいるからね? ただ連絡先の交換はしていないだけであって」
事実ではあるのだが果てしなく言い訳くさいことをつらつらと語ってみせたところで、ようやく山吹は顔を上げた。……どんな表情をしているかと思えば、こいつ、満面の笑みである。僕のスカスカの友だち画面がそんなにお気に召しましたかそうですかそれは良かった。
「やっぱり先輩、友達いないんですねぇ」
「嬉しそうに言うのやめてくれる?」
さっきまでは感情を持たない殺戮マシーンみたいな顔をしていたのに、今はお菓子を与えられた子どもみたいに喜色を浮かべている。さすがにひねくれすぎじゃないですかね?
「もういいだろ、スマホ返してくれ」
「それにしても、こんなに見事に友達いないとちょっと可哀想ですね」
僕の差し出した手を無視して山吹はついついと指先でスマホの画面を弄んでいる。おい、何してるんだ。
「別に哀れまなくていいから早く返して」
「もう、そんなに拗ねないでください…………はい、お返しします」
澄ました顔でスマホを返却してくる山吹だが、唇の端が笑みを堪えるようにぴくぴくしている。……こいつ、絶対何かしたな?
返ってきたスマホの画面を確認すると、相変わらずラインの友だち画面が映っていた。けれど、そこに小さな変化を見つける。
「……この『すみれ』って、もしかして山吹?」
そう言って僕が示したのは『新しい友だち』と表示されているアカウント名だ。『すみれ』という名前で菫の花をプロフィール画像に設定している。なんというか遊びがないな。
山吹はといえば、当たり前のように頷いている。
「友達ゼロ人の先輩が不憫でしたので、せめてわたしだけでも友達になってあげようと思いまして」
「めちゃくちゃ上からだな……」
正直言ってその気遣いは全然嬉しくないぞ、と顔が渋くなる僕とは対照的に、山吹は至極満足げに笑った。
「良かったじゃないですか、友達ができて」
「良くない。というか、君は友達じゃなくて後輩枠だから」
「細かいですねぇ。まぁ先輩がどう思っているかは別に問題ではないので」
「? じゃあ何が問題なの?」
含みのありそうな山吹の言い草が気になってそう問いかけると、彼女はハッとしたように口をつぐんだ。心なしか頬にじんわりとした赤みが差しているような。
「いえ、その、別に」
特に乱れてもいない前髪を幾度もくしくしとしながら山吹は口ごもる。
「なになに、なんなの?」
「――っ、あの、わたしと先輩って中学の頃から結構長い付き合いですけど連絡先とか知らなかったですし、根暗先輩のくせにそのわたしを差し置いて他の誰かと先に連絡先交換とかしていたらなんだか癪ですし、だからつまり……」
「すごい早口だな……あぁ、もしかして、一番最初に交換したかったってこと?」
ぽろっと思いついたことを零すと、今度こそ山吹ははっきりと頬を朱に染めた。
なんだ、だからやけに友達の有無を気にしていたのか。そういうことなら最初からそう言ってくれればいいのに。そうすれば僕も無駄に心が傷つかずに済んだのだけれど。
まぁ素直に「連絡先交換しましょう」なんて言わないのが山吹の山吹たる
「べ、別に、わたしが交換したかったとかではなく、あくまで先輩が可哀想だったからですので。そこは誤解しないでほしいのですよ」
「はいはい……あ、というか忘れていたんだけれど、部活のライングループでも作っておこうか。まぁ二人だけどね」
なんの気なしに提案すると、山吹は唖然とした表情をその顔に浮かべた。そしてキリキリと双眸を釣り上げる。え、何?
「さ、先にそれを言ってくれれば、こんなに苦労しなくて良かったのに……!」
机の上で小さな拳がぷるぷると震えている。なぜかは知らないけれどお怒りのようで。
「えっと、どうしたの、山吹?」
「なんでもありません!」
明らかに何かあるのだけれど、文庫本で顔を隠した彼女にそれ以上尋ねても答えはなかった。
まぁ、いいか。対面では言いにくいこともあるだろうし、今夜辺り改めてラインで訊いてみればいい。
僕は紙の本が好きなアナログ派だけど、こういう時はデジタル化社会も悪くないと思える。
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